説明 / notes : 『貴女を信じます』 / Je crois en vous

(目次)

1 この作品について
 この作品の旋律のオペラへの転用について [2020年10月/new]
(1)『ベンヴェヌート・チェリーニ』の劇中劇
(2)アルルカンとピエロの歌の意味、オペラが伝えるメッセージ

(本文)

1 この作品について

若い女性向けのファッション誌、『ル・プロテ』(1834年9月1日号)の付録として出版された歌曲。テクストの作者、レオン・ゲランについては、1829年に詩集、1933年に小説(共著)を各1点出版し、その後、主に児童書、寓話、旅行書の分野に転じたことが知られている。ベルリオーズは、この雑誌の発行者の依頼で、ゲランの詩に音楽を付することを引き受けたものとみられるが、その経緯を示す資料は、残っていない。

作品は、第1連から第6連までのゲランの詩を、同一の旋律と伴奏を繰り返して歌うように作られている。ベルリオーズの存命中、この作品が公開演奏された例は、知られていないという。作曲者自身による作品番号も、与えられていない。

この作品が出版されて間もなく、ベルリオーズは、ゲランの別の詩について、ライヴァル誌からも同様の作曲委嘱を受けている。このことについては、ベルリオーズが雑誌社宛に書いた手紙が2通、残っている[書簡全集410、412]。1通目[1834年10月6日付]は、非常に多忙である旨を依頼者に告げ、出版に値するものが出来そうにない場合は作曲を止め、他の作曲家を見出すことをお願いすることがあり得る旨、留保を付した上、曲付けを試みることを約したものであり、2通目[10月10日付〜4日後]は、努力したが、月並みで不完全な楽想しか見出すことができなかった旨を伝え、依頼を断る内容のものである。

ベルリオーズは、概して、人から依頼を受け、依頼主の都合(テクストの選択、締め切り等)に合わせて新作を書き下ろすような作曲の仕方は、不得手だった。このようなやり方は、この作曲家の音楽創造の特性に適合しなかったのであろう。この点について、マクドナルド(5章)は、「作曲の委嘱を受けることは、すでに十分温めていた構想の出口となりうる場合に限り、可能だった。『レクイエム』と『葬送と勝利の大交響曲』は、いずれも、長年考え続けていた構想の具体化であり、一部はすでにスケッチされ、あるいは仕上がっていたから、委嘱を受けてから間をおかず、速やかに完成することができたのである」と述べている。

雑誌社の依頼を受け、ごく短期間のうちに仕上げたとみられる、『貴方を信じます』の旋律は、それにもかからわず、きわめて美しい。そして、その美しさは、『囚われの女』第1展示室(全集CD8(12))]、『トゥーレの王』[第2展示室『ファウストの劫罰』第3部第11場(全集CD11(5))、『ファウストの8つの情景』第6曲(同7(15))]等に匹敵する、きわめてベルリオーズ的な、豊かな感情表出を伴うものである。必ずしも得手とはいえない条件の中で、ベルリオーズが、なぜこれほど見事な旋律を生み出すことができたのかは、興味深い問題である。

2 この作品の旋律のオペラへの転用について

この美しい旋律は、『プロテ』誌上での公表の後、数年を経て、オペラ、『ベンヴェヌート・チェリーニ』(1838年9月、パリ・オペラ座で初演)に取り入れられ、そこで重要な役割を託された。この項では、オペラ・『ベンヴェヌート・チェリーニ』の鑑賞に向けたイントロダクションを兼ね、この転用と、その意味について考えてみたい。

以下では、まず(1)で、台本(日本語訳)の一部を引用することより、このオペラで、この旋律が用いられた文脈を示す。

引用するのは、作品の半ば[パリ版(全2幕)では第1幕の後半に当たる第2景、ワイマール版(全3幕)では第2幕]に置かれた劇中劇の、ほぼ全体である。

なお、この劇中劇は、黙劇(パントマイム)であり、登場人物は、終始、無言である。劇中、2人の歌手が歌くらべをするが、彼らの歌唱も、人の声ではなく、器楽で表されている。『貴女を信じます』の旋律は、そのうちの1人、ローマ随一のテノール、アルルカンが歌う「小アリア」のそれに用いられ、コーラングレ(中音の葦笛。詳しくは後述。)の独奏で奏される。

次いで、(2)で、オペラ『ベンヴェヌート・チェリーニ』において、ベルリオーズと彼の台本作者たちが、この旋律と黙劇にどのような意味付けを行なっているのかを、台本に沿い、また、ベルリオーズの他の文章を参照しつつ、考えてみることとしたい。さらに、それとの関連で、このオペラが聴き手に伝えようしているメッセージについても、考察することとしよう。

(1) 『ベンヴェヌート・チェリーニ』の劇中劇

はじめに 〜オペラの物語におけるこの劇中劇の位置付け

この劇中劇は、主人公チェリーニの友人である、カサンドロという名の親方に率いられた役者の一座が、謝肉祭の最終日の晩、ローマのコロンナ広場で上演する演し物である。
ローマ法王庁の財務官バルドゥッチの娘、テレーザは、才能溢れる若い芸術家(彫金師)、ベンヴェヌート・チェリーニと相思相愛の間柄にあるが、父親バルドゥッチは、彼女を法王庁のお抱え彫刻家、フェエラモスカに与えることを望み、2人の愛を認めていない。
テレーザは、この日、父親と連れだって、コロンナ広場に芝居見物に来ているが、実は、父親が芝居に気を奪われている隙にチェリーニと合流し、二人でフィレンツェに駆け落ちする約束を、チェリーニと密かに交わしている。父娘はいま、広場の観覧席で、カサンドロ一座の芝居が始まるのを待っている。
これから見るように、この劇中劇は、バルドゥッチに似せた人物を登場させ、愚かで滑稽な振る舞いさせるなど、彼を笑いものにする、辛辣な風刺劇となっている。これには、その前日、日頃からチェリーニを快く思っていないバルドゥッチが、ローマ法王、クレメンス7世がチェリーニに自ら依頼した、ペルセウス像鋳造の大仕事の前渡金を、侮辱的なまでの少額でしか支払わず、チェリーニと彼の仲間たちを大いに憤慨させたことが、伏線となっている。

[以下台本の引用]

(見世物が始まる。カサンドロの舞台を覆っていた幕が開き、役者たちの姿がみえる。法王冠を被せた大きな現金袋が高座に置かれている。高座の下には、服装や顔立ちがバルドゥッチに似た、法王庁の財務官がいる。バルドッチは、娘と自分のために、芝居がよく見える席を借りる。)

(民衆)
静かに、静かに!
ダンスはもういい!
カサンドロの芝居が始まる!

(女たち)
芝居が始まるよ、
さあ、静かにしよう。

(民衆)
やあ!ブラヴォー!あれは法王様じゃないか!
財務官のバルドゥッチ様もいるぞ!

(バルドゥッチ)
ああ!そういうことか!
奴らは愚弄するつもりなのだ、
このバルドゥッチを!

(テレーザ)
出ましょう、ここを。

(バルドゥッチ)
うむ、だが、そうはいかん。
芝居を観に
ここまで来てしまった以上、
最後まで見届けねばならん。

猊下[げいか。ローマ法王のこと。]に報告するのだ。
今晩ここで、
奴らがどのように我々を嘲り、
我々の威厳を損なったかをな。

(民衆)
おいそこ、静かに!
聞こえないよ!

静かに!聞こえないんだ、
パントマイムが!

[中略]

(テレーザ)
ああ、不安だわ!
何と困った事態でしょう!

(民衆)
聞こえないんだよ、
パントマイムが!ほらそこ、静かにしてくれというんだ!

(バルドゥッチ)
黙れだと?
厭(いや)だね。

(民衆の男たち)
静かに!静かに!

(女たち)
ほらそこ、静かにってば!
静かにおし!

コロンビーヌ[コメディア・デラルテ(注)の登場人物で、抜け目のない活発な女中の類型〜小学館ロベール仏和大辞典]が登場し、2名の有名な歌手、アルルカンとピエロが、審判を前に、栄誉を競うことを告げる。[審判役の]贋(にせ)バルドゥッチが、両名に入場を指示する。

注/コメディア・デラルテ(commedia dell’arteイタリア語)
「コンメディア・デッラルテは16世紀中頃イタリアで誕生し、約2世紀の間ヨーロッパで流行した職業的俳優による即興喜劇。定型化した筋書き(scenario)や、コミカルな所作(lazzo)を基に、主に仮面を付けた役者がアドリブやアクロバット的な演技で観客を楽しませた。男の召使い役の Arlecchino、Brighell、女の召使い役 Colombina、Coralli、博士役 Balanzon、老商人役 Pantalone、隊長役 Spaventa などが登場する。」〜小学館伊和中辞典第2版「commedia dell’arte」の項から

黙劇『ミダス王、又はロバの耳』
[全集CD19(4)]

(両名、登場。最初はアルルカン。手に竪琴を持っている。)

(民衆の一部)
名人、アルルカンの登場だ!
ローマ随一のテノールだ!

(次に、長いロバの耳を付け、小ぶりの大太鼓を首から吊り下げた、ピエロが登場。)

(民衆の他の一部)
あれがトスカナの歌手、ピエロだ。
それにしても、これはいったい、人なのか、ロバなのか?

(女たち)
静かにしよう。
よく観よう。
名人アルルカンを

(男たち)(女たちに)
静かにしろったら!

(女たち)(小声で続ける)
よく観よう、
静かにしよう。

アルルカンの小アリア
全集CD19(5) ~『貴女を信じます』の旋律]

アルルカンは、竪琴を奏でながら、優しく心に触れる性格の小アリアを歌う。このロマンスが歌われる間、民衆は言葉を発し続けるが、贋の財務官は欠伸(あくび)をし、高座で眠ってしまう。

重唱

(民衆の男たち)[アルルカンの旋律に暫し耳を傾けた後、②と同時に、小声で。]
いいぞ、いいぞ、
これは見事だ、

(女たち)[①と同時に、はじめ小声で、その後、徐々に声を大きくして]
よく観よう、
名人、アルルカンを。
この人は、ローマの名高いテノールだ!
よく観よう。

(男たち)(女たちに、苛立って)
静かに!・・・

(女たち)[小声に戻り]
よく観よう。

(皆)[旋律の結びをアルルカンとともに歌い]
ああ!ブラヴォー、彼の歌い方はどうだ!
ああ!何と美しい声だろう!
何と雄弁に
自らの想いを語っていることか。
何と切々と愛を語っていることか、
無言の演奏だというのに。

ピエロのカヴァティーナ
[全集CD19(6)]

ピエロの番となり、彼は、大太鼓を奏しつつ、歌う。鈍重で陳腐なこの音楽が奏されている間、民衆は、深い沈黙を守る。他方、贋財務官は、喜びのあまり恍惚となり、拍子外れのリズムを打ち続ける。

(民衆の男たち)(贋財務官を指差して)
ご老体、彼の歌に、たいそうご満悦だ。
見たまえ、体をよじって喜んでいる。

(バルドゥッチ)(怒って)
やりすぎだ、これは!

(贋バルドゥッチ、熱狂の様子を示す)

(民衆)
見ろよ、爺さん、
すっかりご機嫌だ!
まったくもって、
ああ!
至福の境地だ!

[ピエロの演奏を聴き終え]
アハハ、何とがさつな[音楽だ]!アハハ!

[全集19(7)]ピエロが彼のカヴァティーナを歌い終わると、アルルカンは、自分の歌への褒賞を受け取ろうと、手を差し出す。贋財務官は、ひとしきり侮蔑の仕草を示してから、のろのろと現金袋に手を入れて貨幣を一枚取り出し、それをアルルカンに与える。次にピエロが姿を見せる。贋財務官は、すっかり魅了された様子で、何度も袋に手を入れて金貨を幾掴みも取り出し、ピエロに与える。

(民衆)
諸君、驚くべし
あの男が賞をもらうとは、
審判も、あの男と同じ耳の持ち主に違いない。

(バルドゥッチ)
ならず者どもめ!

(テレーザ)(父親を引き止め)
しっ!大声を出しても
ますます笑われるだけだわ。

贋財務官は、ピエロの頭上に、月桂冠[勝利の象徴]を載せる。これに不満なアルルカンは、バット[(芝居の道化役が使う)2枚の木片をつなげた小道具〜小学館ロベール仏和大辞典]を取り、彼のライヴァルと褒賞の授与者をしたたかに打つ。コロンビーヌが止めようとするが、無駄に終わる。

(民衆)
ブラヴォー!

(バルドゥッチ)
ならず者どもめ、人を笑いものにしおって!

(民衆)
ミダス王!

(テレーザ)
お父様!

(バルドゥッチ)
待っておれ、自分らのせいだぞ!
(怒り狂い、ステッキを武器にカサンドロの舞台めがけて突進する。)

(民衆)
喜劇が終わると
今度は悲劇。
謝肉祭万歳!

本物が
贋物とご対面。
さあ、見物だ、
よりみっともないのは、どっちの方か。

バルドゥッチと軽業師たちの争いの結末をよく見ようと、すべての観客が舞台奥に殺到する。異口同音の叫びが上がる。・・・

[引用終わり]

(2)アルルカンとピエロの歌の意味、劇中劇及びオペラが伝えるメッセージ

既に述べたとおり、アルルカンが歌う「優しく心に触れる性格の小アリア」の演奏には、コーラングレが用いられている。コーラングレは、コール・アングレ、又はイングリッシュ・ホルンとも呼ばれる、オーボエとファゴットの中間の音域を担当する、2枚リードの木管楽器である。

この楽器の音の詩的な特性について、ベルリオーズは、著書、『現代楽器法・管弦楽法大概論』(1844年)で、次のように述べている。

「それ[コーラングレの音]は、物悲しく、夢想的で、たいへん高貴である。その音色は、何か忘れ去られたもの、遠く離れたものを、[特性として]備えている。それは、過去の印象や感情を甦らせて人の心を動かす必要があるとき、甘い追憶の秘められた琴線を震わせたいと作曲家が望むとき、この楽器を、他のすべての楽器に優(まさ)るものとする。」[フランス語原文はこちら

この楽器は、『チェリーニ』の作曲に先立つ1829年、『ファウストの8つの情景』第7曲、『マルガリータのロマンス』で、きわめて効果的に使用されている。この作品は、失われた愛、遠くへ去った人(ファウスト)への想いを歌う、『概論』の言葉どおりの、物悲しく、夢想的な、愛の歌だった全集CD7(16)。後年、『ファウストの劫罰』(第4部15場)に組み入れられた〜全集CD11(12))]。劇中劇のアルルカンの歌もまた、ローマの民衆の、「何と切々と愛を語っていることか」との言葉により、愛の歌であることが明らかにされている。

この楽器については、さらに、『回想録』に、次のような記述がある。

5章(「オペラ座のある公演のこと」)
「私は翌週もオペラ座に行った。このときはメユールの『ストラトニース』とペルスュイが音楽を作曲、編曲したバレエ『ニナ』を観た。[中略]『ニナ』のバレエは、大いに気に入った。とりわけ、ビゴッティーニ嬢が悲痛なパントマイムを演じる際、ヴォクトが奏したコーラングレの旋律には、深く心を打たれた。それは、私の最初の聖体拝領のときに、ウルスリーヌ会の女学校で、妹の同級性たちが歌ったあの聖歌の旋律だったのである。それは、『愛しい人が帰ってきたら』というロマンスだった。隣の席で歌詞を口ずさんでいた人に訊ねて、私はペルスュイが借用した元のオペラの題名と、その作曲者の名を知った。それは、ダレラックの『ニナ』だった。ニナの役を最初に演じた歌手の歌唱がいかに素晴らしかったとしても、私には、それが、あの晩、有名なパントマイムの名手によるドラマティックな演技とともにヴォクトの楽器が奏でた、あの旋律以上に、真に迫り、感動的な表情をもっていたとは、信じがたいのである。」

これは、ベルリオーズがコーラングレの上記のような特性と効果を認識した、最初の機会だったかもしれない。1821年秋、17歳のときのことである。

なお、この記述は、たいへん興味深い。話題になっている旋律が、詩人音楽家、ベルリオーズの原点となる音楽体験に関わるものだからである。それは、「最初の音楽上の感動の経験」として、同書冒頭の章に語られている。その抜粋を見よう。

1章(「最初の聖体拝領のこと、最初の音楽上の感動の経験のこと」)
「・・・私は進み出た。そして、聖別されたパンを受け取った、その途端のことである。乙女達の聖体拝領の聖歌のコーラスが、突然、湧き上がった。私は、神秘的で激しい感情に満たされてしまい、会衆を前に動揺を隠すことができなかった。そのとき、私は、天国の扉が開くのを見たと思った。それは、愛と清純な歓びに満ちており、話に聞かされていた天国より、遥かに純粋で、遥かに美しかった。ああ、真の感情表出がもつ素晴らしい力よ、心から湧き出る旋律の比類なき美しさよ!」

この経験を踏まえてもなお、彼はここ[5章]で、器楽の持つ感情表出能力(感情喚起能力でもある)は、声楽のそれに優るとの趣旨を語っているのである。

さて、以上に対し、アルルカンの敵手、ピエロが歌う「鈍重で陳腐な」音楽は、旋律をオフィクレイド[ベルリオーズの時代、オーケストラで用いられていた低音の金管楽器。今日、その役目はチューバに取って代わられている。]が担い、大太鼓が、それを伴奏している。そこで次に、この二つの楽器、オフィクレイドと大太鼓の性格と用法について、ベルリオーズの説明をみよう。上記と同じ『現代楽器法・管弦楽法大概論』の記事である。なお、この歌については、台本のト書きが、「カヴァティーナ」と明記している。その意味についても、併せて見ていく。

(オフィクレイド)
[この楽器の]低音域の音色は耳障りだが、塊(かたまり)になった金管楽器の低音部においては、一定の場合、素晴らしいものになる。非常に高い音域の音は、おそらく人がまだ利用の仕方を知らない、野性的な性格を持つ。中音域は、特に奏者があまり達者でない場合、教会で奏されたセルパン[「古いコルネットの一種・・・フランスでは、18世紀ごろ、吹奏楽、管弦楽、教会音楽の低音楽器として愛用されたが、オフィクレイドに次第にとってかわられた」~音楽之友社『新音楽辞典 楽語』]や、コルネ・ア・ブカン[「中世ルネサンスの木製あるいは象牙(ぞうげ)の管楽器」~小学館ロベール仏和大辞典]を、過度に連想させる。この楽器は、滅多に露出した[=他の楽器の音で覆い隠されない=独奏の]状態にすべきでないと思われる。現代のいくつかのオペラにみられる、オフィクレイドの中音域の独奏で書かれた、多かれ少なかれ速いパッセージ以上に、オーケストラの他のパートとの調和において、がさつで(化け物じみて、とさえ言おう)、不適切なものはない。それは、家畜小屋を逃げ出し、客間に入りこんで浮かれ騒いでいる、[去勢されていない]雄牛のようなものである。」[フランス語原文はこちら

ピエロの歌は、まさに、ベルリオーズがこの記事で滅多に用いるべきでないとしている、オフィクレイドの独奏で書かれている。この劇中劇では、「現代[ベルリオーズの時代]のいくつかのオペラ」にみられる、「家畜小屋を逃げ出し、居間に入り込んで浮かれ騒いでいる」雄牛のような器楽が、模倣・再現されているのである。

(大太鼓)
この楽器について、『概論』には、次のような記述がある。

「この15年行われているように、あらゆるアンサンブル、あらゆるフィナーレ、最小規模の合唱、舞踊の音楽、さらにはカヴァティーナにまで大太鼓を用いるのは、愚の骨頂であり、(歯に衣着せずに言えば、)蛮行である。そのようなことをする作曲家は、概して、彼らが副次的なリズムを目立たせ、支配的なものにすることを望んだと考えられる、元の[主たる]リズムという、この楽器の使用の申し開きすら、持ち合わせていないから、なおさらである。あろうことか、彼らは、ありきたりに各小節の強拍で大太鼓を強打し、オーケストラを小さく見せ、声楽[複数]をことごとく台無しにしてしまう。[これでは、]旋律も、和声も、構想も、感情表出もあったものでなく、調性すらほとんど分からない!彼らは、それでいて、力強い楽器法を用い、優れたものを作り上げたと、無邪気に信じているのである!」[フランス語原文はこちら

劇中劇の大太鼓は、この記述のとおり、カヴァティーナの伴奏に用いられ、しかも、一貫して強拍(小節の頭)で打たれている。つまり、ピエロの歌においては、ベルリオーズが、後年、『概論』で厳しく批判する、種々の弊害を伴う大太鼓の用法も、模倣・再現されている訳である。

付言すれば、これとは正反対の、いかにもベルリオーズらしいこの楽器の用い方の一例を、『囚われの女』(オーケストラ版)全集CD8(12)第1展示室にテクスト対訳。)に見ることができる。この作品では、全曲中、大太鼓が用いられるのは、第5連末尾近くの4小節の(弱拍上の)各1打だけである[左記CDの05:20辺りから〜詩の言葉がひときわ美しくなりはじめる場所である。その4打が打たれる箇所を、対訳のフランス語テクストに薄紫色で示した]。なお、この作品の大太鼓は、常にシンバルと組み合わされ、その場に非常に厳粛な雰囲気を醸し出している。総譜を見ると、これらの楽器の最初の2打には「pp(ピアニシモ)」の指示が、次の1打には「ppp(ピアニシシモ)」、そして最後の1打には「pppp(ピアニシシシモ)」の指示が与えられている。また、さらに2打目から4打目にかけ、ディミヌエンド(次第に小さく)の指示が付されている。[他方、声楽とオーケストラには、第5連の始めに、「速度をやや大きく緩め、表情豊かに( un poco più largo )」、「ピアニシモ( ppp )」の指示が、そして大太鼓とシンバルが入る小節に、(直前の小節の「速度を急に緩め( ritenuto )」の指示に続き)「速度をさらに緩め( più largo )」との指示が付されている。]このように、大太鼓とシンバルの音量は非常に小さく、指摘されなければその存在に気付かないほどであるが、ひとたびその音を認識した聴き手は、それを聴こうと耳を澄ますようになり、その音が小さくなると、それに応じてさら耳をそば立て、詩の世界に没入していくようになる・・・・そして、そのような心の状態で、途切れ途切れになりながら消えていく、この曲の静かな結びを迎える・・・ベルリオーズは、このような微小な音の用い方の、名手だった。

さて、「大太鼓」、「カヴァティーナ」に関しては、さらに、『回想録』に次のような記述がみえる。

14章(「ロッシーニの登場のこと、ディレッタントたちのこと」等)
「ロッシーニと、彼が少し前にパリで流行の先端を行く人々の間に引き起こした熱狂については、この新しい楽派が、当然のことながら、グルック、スポンティーニ楽派とは正反対のものとして現れたものだったので、その分だけ激しい、私の憤慨の対象となった。私には、グルック、スポンティーニという、2人の巨匠の作品以上に、崇高な美しさをもち、真実である音楽は、考えられなかったから、ロッシーニの旋律のシニシズム、感情表出と作劇法の軽視、単調なカデンツの果てしない繰り返し、際限のない子どもじみたクレッシェンドと大太鼓の濫用は、私を非常に怒らせたのである。そのあまり、私は、きわめて繊細なオーケストレーションがなされた(原注[〜「しかも、大太鼓なしに」])彼の傑作(『セヴィリアの理髪師』)にすら、彼の天賦の才の輝かしい特質を認めることができなかったのである。)」

39章(「システィーナ礼拝堂のこと」等)
「筆者は、この旋律[システィーナ礼拝堂で歌われる単旋律聖歌のこと]が、イタリアの作曲家たちが近時大流行させ、歌手も舞踊家もそれなしには本来彼らが勝ち得てしかるべき聴衆の喝采を受けることに確信が持てないほどになっている、トランペットと大太鼓の伴奏を欠いていることを、些かも惜しみはしない。請け合うが、システィーナ礼拝堂は、この嘆かわしい悪弊の侵入を免れている、イタリアで唯一の音楽演奏の場である。この場所に、カヴァティーナ[オペラやオラトリオの中で歌われるアリアよりも単純な独唱曲〜小学館ロベール仏和大辞典]の量産者たちの砲撃からの避難場所を見出すことができるのは、幸いなことである。」

これらの記述からすると、ピエロの歌は、少なくとも大太鼓の用法、カヴァティーナへの嗜好に関する限り、当時のイタリア楽派の音楽の特徴を、おそらく幾分誇張した形で、示したものとみてよいと思われる。(オフィクレイドの独奏とイタリア楽派の作風を関連づける記述は、調査した範囲では、見出されなかった。)

とはいえ、このことから、この劇中劇について、ベルリオーズが、自らの作風を誇り、イタリア楽派のそれを見下す趣旨でこのオペラに挿入したものと考えるのは早計であり、おそらくそれでは、作者らの真意を正しく受け止めたことにならないだろう。確かに、当時の聴衆のなかには、ピエロの歌の演奏を聴き、イタリア楽派への揶揄を感じ取る者もあったかもしれない。だが、そうだとしても、それは、上に見たようなベルリオーズの価値観や美意識をある程度認識していた、限られた人々でしかなかっただろうと思われるからである。

この劇中劇を通じ、ベルリオーズと彼の台本作家たちが伝えようとしたメッセージは、そのような、一部の者のみに通じる、特殊なものではなく、より広い範囲の聴き手に向けられた、普遍的なものだったはずである。また、特別な予備知識を持たない聴き手がそれを受け取ることを容易にするためのヒントも、作者らの手により、作品の中に埋め込まれているに違いない。

このような視点から注目されるのは、この劇中劇の観客であり、聴き手である、ローマの民衆が語る言葉である。とりわけ、彼らが、アルルカンの歌を愛で、曲の結びをともに歌った後で発する、「何と雄弁に自らの想いを語っていることか」との賛嘆の言葉は、重要である。それは、この言葉が、この音楽の感情表出の真実性を指摘したものであり、音楽が持ち得る美しさの本質についての、ベルリオーズの信条を、端的に言い表したものだからである。

ベルリオーズは、おそらく、自らのこの信条を披瀝するためにこそ、アルルカンの歌に、彼の手持ちの旋律の中でも、ひときわ優れた感情表出の真実性を持つもの〜『貴女を信じます』の旋律〜を投入したのであり、その演奏を、旋律の性格に最も相応しい表出力を持った楽器、コーラングレに託したのではないだろうか。

また、彼は、その一方で、これに対置すべく、アルルカンの歌とは正反対の、詩心を欠く音楽の典型として、ピエロの歌を創出し、その演奏に、彼の知る限り、最大の不適切さをもった楽器法(オフィクレイドの独奏、大太鼓による月並みな強拍の強打。曲の結びに奏される、誇張されたトリルも、これに加えてよいだろう。)を用いたのではないだろうか。

とはいえ、大多数の聴き手には、ピエロの歌は、『ファウストの劫罰』の有名な『アーメン・フーガ』[第2部6場。全集CD10(11)。と同様、登場人物たち[ピエロの歌についてはローマの民衆。彼らはそれを、「なんとがさつな!」の言葉で、一蹴する。『アーメン・フーガ』についてはメフィストフェレス。彼はファウストに、「よく聴いていてくださいよ、先生。ひどいものが始まりますから。」と、警告する。]が言うほどには、ひどい音楽には感じられないのではないだろうか。それどころか、二つの音楽には、どこかユーモラスな魅力さえ感じられると言ってよいだろう。訳者自身について言えば、作者がこれらの音楽のどの点をひどいとしているのかを理解するには、上記のとおり、『概論』や『回想録』に明らかにされている、この作曲家の美意識を知る必要があった[『アーメン・フーガ』に関しては、別記事、「エクスプレッシブ(感情表出的)なフーガとそうでないフーガについて」を参照されたい]。これらの音楽は、万人が感得し得るほどにひどくは、書かれていないと言ってよいと思われる。ピエロの歌が、「がさつ」とされる理由は、アルルカンの歌と異なり、聴き手の心の奥深くにある琴線に触れるようには作られていないという点に尽きると言ってよいのではないだろうか。

ともあれ、これまでに述べてきたことから、オペラ『ベンヴェヌート・チェリーニ』は、明確なメッセージ性を持った作品であり、そのメッセージの核心は、この劇中劇が象徴的にその存在を示している、「優れた芸術(以下、これを「ハイ・アート( high art )」と呼ぶこととしよう。)」を擁護することにあると考えてよいと思われる。

この項の結びに、この場面に登場するローマの民衆の性格について、付言しておきたい。彼らは、ベルリオーズがイタリア滞在中に目の当たりにした、ローマの謝肉祭の見物客たち〜『回想録』36章(「謝肉祭のこと」)に活写されている〜とは、随分、異なった存在である。彼らは、マルディ・グラ(謝肉祭の最終日)の晩、カサンドロ一座の芝居を見るために、たまたま集(つど)ったに過ぎない、烏合の衆であり、その点においては、ベルリオーズが目の当たりにし、嫌悪を禁じ得なかった、1832年のローマの謝肉祭の群集と、少しも変わらない。にもかかわらず、このオペラに登場する民衆は、アルルカンの歌とピエロの歌の違いを、自らの感性で聴き分けることができる人々、すなわち、ハイ・アートを解する心を持つ人々として、描かれているのである。だが、現実には、このような聴衆は、ベルリオーズの時代のローマであれ、パリであれ、あるいは、このオペラの舞台とされる16世紀のローマであれ、さらには、我々の時代を含むいつの世のどこであれ、限られた場合にしか、成立し得ないものであろう。その意味で、ベルリオーズと彼の台本作者たちは、独立不羈(ふき)の誇り高い芸術家、ベンヴェヌート・チェリーニ(1500―1571)[この項の主題からは離れるが、実在のチェリーニは、無頼漢、無法者と呼んでよいくらいに、短気で喧嘩早い人物でもあった〜岩波文庫『チェッリーニ自伝 フィレンツェ彫金師一代記』(上下2巻)古賀弘人訳参照。]、芸術作品をこよなく愛した、ローマ法王クレメンス7世(1478―1534)らが生きた、盛期ルネサンスのローマを舞台に、作者らと同じ価値観と美意識を持つ理想の民衆が存在する、一つの理想世界(ユートピア)を創造したと言ってよいと思われる。(了)

(参照文献)
記事及び作品対訳の作成に当たり、下記文献を参照した。
記事、対訳の文責は、訳者にある。

マクドナルド(5章)
ケアンズ(2部4、5、7章)
新ベルリオーズ全集
1巻『ベンヴェヌート・チェリーニ』(ヒュー・マクドナルド校訂)
13巻『オーケストラ伴奏歌曲』(イアン・ケンプ校訂)〜『囚われの女』
15巻『ピアノ伴奏歌曲』(イアン・ランボルド校訂)〜『貴女を信じます』
24巻『現代楽器法・管弦楽法大概論』(ピーター・ブルーム校訂)

Macdonald, Hugh, Berlioz’s Orchestration treatise : A translation and Commentary, Cambridge University Press, 2002

『エクトール・ベルリオーズ リヒャルト・シュトラウス 管弦楽法』小鍛冶邦隆監修、広瀬大介訳、音楽之友社、2006年

L’avant-Scène Opéra, no. 142, December 1991, Paris (『ベンヴェヌート・チェリーニ』台本)

Benvenuto Cellini, John Nelson, Orchestre National de France, Chœur de Radio France, 2004, Virgin Classics 添付の冊子(同)[この録音は、全集CD18-20に収められている]

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