説明:『クレオパトラ』 / Cléopâtre

1829年ローマ賞コンクール提出作品

詩:ヴィエィヤール(Pierre-Ange Vieillard de Boismartin)(1778-1862)[データ出所:ベルリオーズ辞典Vieillardの項(執筆者ピーター・ブルーム)]

関連する文章
『回想録』25章

関連する手紙
1829年8月2日 父ベルリオーズ医師宛
1829年8月12日 妹ナンシー・べルリオーズ宛
1829年8月21日 友人アンベール・フェラン宛

後年の傑作オペラ『トロイアの人々』(1858年)を予示する、ドラマティックで創意に富んだ作品。ベルリオーズのローマ賞提出作品中、最良の作品として、近年、演奏される機会が多いという。

この年(1829年)のコンクール本選の課題のテクストは、第1のレシタティフ(歌われる台詞。「では、これで終わりだ!」以下14行)、第1の歌(「カンタービレ」。「ああ、追憶の苦悩よ」以下8行に、この歌の詩行の随意の繰り返しを許容する指示(reprendre à volonté les premiers vers du cantabile)が付されている)、第2のレシタティフ(「不運の極みにあって」以下11行)、第2の歌(「アリア」。「偉大なファラオたちよ」以下16行)という4つのセクションで構成されていた。つまり、ベルリオーズが『回想録』23章でローマ賞コンクールでは恒例だったと説明している、レシタティフ、歌、各1の組合せ3セット、つまり6セクションの構成に対し、この年の課題はテクストが1セット(2セクション)少なかったということである。

ベルリオーズは、この約50行の詩を、概ね課題のテクストに変更を加えずに用いている。ただし、繰り返しに関しては、許容する旨の注記がテクストに付されているカンタービレの詩行だけでなく、そのような注記のないレシタティフやアリアの詩行についても、自由、かつ頻繁に行っている。また、音楽を付するに当たり、4つのセクションを明確に区切る伝統的なカンタータの様式によらず、全体を一つの長いモノローグ(独白)のように扱っている。ただし、総譜には、レシタティフ、カンタービレの最初の詩行が登場する箇所に、それぞれ、「Récit.」、「Lento cantabile」との、課題のテクストとの対応関係を読み取ることのできる表示が付されている。しかし、アリアについてはそれがなく、代わりに、その冒頭の詩行(「偉大なファラオたちよ」)の前奏の始まりの上部に、テクストにはない、『瞑想(Méditation)』との表題が記され、かつ、それに題辞(シェークスピア『ロミオとジュリエット』3幕4場のジュリエットの台詞の一部の引用)が添えられている。なお、この『瞑想』がこの作品のどこまでを指すのかについては、ベルリオーズが『回想録』25章で、この音楽がシェークスピアの描くジュリエットの恐怖(仮死状態になり、生きながら地下墓所に埋葬されることへの)が喚起する音楽的イメージに触発されたものであることを明らかにした上で、その特徴を、「壮大な性格」、「その奇妙さそのもので聴く人の心を強く捉えるリズム」及び「不吉で重々しい響き」を持ち、その旋律は「緩徐に持続するクレッシェンドの中でドラマティックに展開する」と説明していること、さらに、その音楽を後に『レリオ』の『亡霊たちのコーラス』[全集CD2(9)]にそのまま用いたと語っていることから、アリアを構成する16の詩行の全てではなく、その冒頭の「偉大なファラオたちよ」以下4行に付された音楽(すなわち、この4行を初回の提示を含め3回繰り返した後、弱音の短い後奏を経て総休止に至る音楽)[全集CD7(8)、YouTube: meditation cleopatre berlioz]を指すと考えられる。

なお、ベルリオーズ自身は、この作品を出版していない。そして、この作品に用いた旋律のいくつかを、後に別の作品に転用している。それらは、上記の『レリオ』の『亡霊たちのコーラス』のほか、同じく『レリオ』の『シェークスピアの「あらし」によるファンタジー』[CD3(6)](『クレオパトラ』の「自分を打ちのめすこの運命に」の繰り返しの旋律[CD7(9)]を転用)、オペラ『ベンヴェヌート・チェリーニ』第1幕4場の3重唱(テレサに向けたチェリーニの台詞、「貴女と離れていると、僕は悲しく、寂しく」の旋律[CD18(9)]〜『クレオパトラ』の「ビーナスに見紛う装いで・・・海原に映し」の旋律[CD7(7)]を転用)である。

(参考書籍)
対訳及び説明の作成に当たり、下記の文献を参照した。

マクドナルド5章
新ベルリオーズ全集6巻(「ローマ賞提出作品」)序言(デイヴィッド・ギルバート)、付録1(課題テクスト)

『英雄伝 6 』(アントニウス伝[クレオパトラに関する記事が含まれる])、プルタルコス、城江良和訳、京都大学学術出版会、2021年(了)

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