手紙セレクション / Selected Letters / 1833年2月10日(29歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

パリ発、1833年2月10日、
フェリクス・マルミオンからナンシー・パル宛

彼の取り返しのつかない決意のことは、いまや君たちもみな知っていることだろう( Vous savez maintenant tous la fatale résolution. )。エクトルは、手紙で父親にそれを伝えた。僕はそのことをアルフォンス[アルフォンス・ロベール。ベルリオーズの従兄弟。回想録4章「パリに出たこと」、5章「医学修養の一年のこと」参照]から聞いて知っていた。アルフォンスは、僕に状況を逐一知らせてくれている。僕らは、この災い( ce malheur )を彼と打ち合わせつつ払いのけようとしている。可能であれば、の話だが。エクトルは相変わらず全くこちらを訪ねて来ない。昨日は、なんの期待ももてそうにない試みではあったものの、彼の家を再度訪ねた。あまりにも断固とした、あまりにもあらゆる種類の偏見を超越した性格の持ち主だ。道理など気にも掛けておらず、それはもはや、彼の中に痕跡すら留めていない。人の気持ちも、社会生活上の仕来(しきた)りも、家族の絆も、理解しようとしない。

様々な障害も、5年の歳月と不在の試練を経た彼の情熱を一層掻き立て、募らせるだけだ。いったいどうして、その情熱は財産という試練をまだ受けていないのか?僕の希望はそこにあった。なんという人だ!なんという未来に、この人は覚悟を決めているのか!この女性はもう若くない。ほぼ破産していると僕は思う(彼もそのことを知っている)。彼女は、当地で英国劇団を立て直すべく、空しく努力している。彼女の才能(それは正真正銘の、非常に優れたものだ)は、こうした困難や屈辱を経て、おそらく色褪せてしまうだろう。先行きには、恐ろしい窮乏が見通される。幻滅と悔恨とが、そのすぐ後に続くだろう。こうしたことを、僕は飽きるほど彼に言い聞かせてやった。誰の目にも明らかなことだ。だが、彼にとっては、自らの立場に一層固執する理由になるだけだ。こんな未来にも、少しもたじろがない。「彼女は、僕が僕であるがゆえに、僕を愛してくれているのです( Elle m’aime pour moi )。」と彼は言う。「僕はそのことを確信しています。僕が何の財産も持たず、ただ芸術家であるだけだということを、彼女は知っているからです。」彼は彼女の慎み深さ( délicatesse )、貞淑さ( vertu )を信じて疑わない。それはそうに違いないと僕も思った[Cela s’est vu,]。とりわけ、演劇に関わる女性たちへの偏見がおそらくフランスほど強くない英国においては。だが、ここフランスの風俗は、彼女たちを完全に社会に受け入れるには、なおいかに程遠いことか!

昨日は、何としてもスミッソンさん( Mme Smithson )を観てみたくなった。それでやむを得ず、彼女がいま出演しているシャントレーヌ通りのの質素な劇場に出かけた。そこは、自らの才能には相応しくない劇場として、彼女がエクトルに演技を観に来ないよう約束させている劇場だったのだが。僕は、あれほど一世を風靡した彼女の演技の説得力の本質を解明することに大いに関心があった。彼女は確かに人目を惹く顔立ちをしていて、声には耳に快い繊細さがあり、動作にも高貴さがある。劇場はとても小さく、錯覚を起こさせるには不向きだった。そこではスミッソンさんも免れがたく損をする。舞台上の彼女は、若くさえ見えなかった。とはいえ、甥[エクトルのこと]のような特別な気質や鑑賞眼を持たない僕にも、この女性があの芸術家[同]の心に与えたに違いない印象は、理解できた。しかし、だからといって、熟慮も、家族の懇願も、全く何の働きもしないものなのだろうか?僕ら自身が後悔せずにいられるためにも、彼をそのどちらにも不足がないようにしてやろうではないか。率直に言って、希望はあまりない。アルフォンスも全く同意見だ。それでも、ここはひとつ彼女の家を訪ね、会ってみようと考えている。彼女はフランス語をほとんど話さないので、できれば通訳を連れて。そちらの便りを心待ちにしている。気の毒な僕の義兄[ベルリオーズ医師]は、この運命的な判断をどう下そうとしているのか?姉[ベルリオーズ夫人のこと]がラ・コートに帰って不審に思うといけないので、君から彼女に伝えてくれたまえ、彼女でなく君に返事を書いているのは、君が彼女の第一の秘密の打ち明け相手で、いまや( maintenant )知っていることのすべてを彼女に知らさずにおくことはありえないからだとね。

今し方、従兄のロジェが僕の家から帰ったところだ。僕は彼に僕らの心配事を明かした。彼は大いに悲しみ、この事態に多大の関心を寄せてくれた。彼はまだ暫くパリにいる予定なので、互いに1リュー[約4キロメートル]も離れてはいるものの、時々会おうと思っている。

この出来事の知らせを聞いた姉の心中がどれほどかが、いよいよ気がかりだ。とにかく彼女をいたわってやってほしい。とりわけ、希望を持たせてやってくれるよう、お願いする。僕のために父( le père )[ナンシーの祖父、ニコラ・マルミオンのことであろう]を抱擁してやってくれたまえ。そして何よりも、すぐに姉に手紙を書いてやってくれたまえ。

敬具
F.M.(了)[『家族の手紙』No.312]

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