手紙セレクション / Selected Letters / 1831年1月31日(27歳)

凡例:緑字は訳注

ラ・コート・サンタンドレ発、1831年1月31日
フェルディナント・ヒラー宛

当地に着いてから、身を焦がすような心の揺れが片時も治まらないでいるが、それでも今日は、比較的平静に貴君に手紙を書くことができる。僕ら皆が掘っているこの不毛な坑道で、貴君は若くして金の鉱脈を見付けているのだから、それを最後まで追うよう努めるべきだが、前進しつつ掘っている貴君の頭上には背後で崩落するかもしれない天井( voûte )があることを、忘れないように。音楽院のホールの使用を演奏協会[音楽院オーケストラのこと]の公演シーズンが終わらないうちにケルビーニ[学長]に要求した貴君のへまには、弁解の余地がない。そんなことをこの人たちが承知するはずがないということを、貴君はわきまえているべきだった。力関係上抗えない相手に真っ向から反対されるのは、ひどく不愉快なものだ。貴君は時に、あまりに性急にことを進めようとすることがあると言わざるを得ない。我々は、何かを計画するときは、その内容について、熟慮の上にも熟慮を重ねなければならず、その上で、いよいよことを起こす段には、あらゆる障害を一掃するに足るくらい猛烈な一撃を食らわす必要があると、僕は常々考えている。思慮深さと力。それが、この世にただ二つの、物事を成し遂げる手立てだ。僕は土曜か、どうかすると月曜まで、ここを出発できそうにない。ずっと病気で、寝たり起きたりの状態なのだ。それに、ひどく寒い。こうして過ごす時間が、みな無駄になっている。・・・しかも、耐え忍ばねばならない期間が、まだあと何ヶ月もあるのだ!・・・黙っているべきだったことをセゲールに色々と話してしまったのは、例のヴァンセンヌ旅行をもっと進めなかったことに、ひどく腹を立てていた時期だったからだ。僕は、せめてこれをM夫人の承諾をもぎとるために活用しようと考えていた。貴君も察してくれるだろうとおり、僕は、この方法に訴えることは早期に断念した。
そうだ、友よ、僕は、自分がこれからも長く抱き続けるだろう、ある恐ろしい悲しみのことを、貴君に話さずにおかねばならない。それは(C・・を除けば)誰もまったく知らない、僕の人生のある事情に由来することだ。せめてもの慰めは、そのことを・・・なしに(ここまでにしておく)彼女に知らせたことだ。[ Oui, mon cher ami, je dois vous faire un mystère d’un chagrin affreux que j’éprouverai peut-être longtemps encore ; il tient à des circonstances de ma vie qui sont complètement ignorées de tout le monde (C … excepté) ; je ai au moins la consolation de le lui avoir appris sans que … (assez). ]
このことについて僕が貴君に沈黙を守らざるを得ないからといって、他のことについて貴君が僕に同じことをしなければならない理由があるとは思えない。だからどうか、先日の貴君の手紙の次の行(くだり)で貴君が何を言わんとしたのか、説明してくれないか。「貴方は犠牲を払おうとしています。残念ですが、僕はこのことについて、貴方がいつか払うようになるだろうと考えるべき理由がある、あるひとつの犠牲のことを、以前から懸念していました。[ Vous voulez faire un sacrifice , il y a longtemps que j’en crains un que, malheureusement, j’ai bien des raisons à croire que vous ferez un jour. ]」いったい何を、貴君は言いたいのか?お願いだから、僕に手紙をくれるときは、特に、彼女のことを話題にするときは、遠回しな言い方はやめてくれないか。それは、僕をひどく苦しめる。必ず、包み隠さず率直に、説明するようにして欲しい。
手紙は、国境までの郵便料金をちゃんと払うように気を付け、ローマの局留めにして送ってくれたまえ。そうでないと、僕のところまで届かないので。(了)[書簡全集207]

訳注/この手紙について
この手紙の「そうだ、友よ」から「・・・なしに(ここまでにしておく)」に至る箇所は、これに先立つ1月23日付けのヒラーへの手紙の「彼女への忠誠から」から「彼女ですら、最近まで、そのことを知らなかったのだ」に至る箇所とともに、カミーユとベルリオーズとの間にこの後起きる出来事に、少なからぬ関連をもっていると考えられる(ケアンズ1部27章参照)。
これらの言葉は、いずれも謎めいたものであるが、訳者はおって、ケアンズの分析を出発点に、ベルリオーズの音楽作品や文章に残されたヒントを辿ることにより、それらの意味するところについて、一定の推理を試みたいと考えている[2018年5月記]。

次の手紙 年別目次 リスト2 リスト1