説明 / notes:聖歌 / Chant sacré

原詩:アイルランドの詩人トマス・ムーアの詩集、『アイルランド歌曲集』に収められた英語の詩(『Tou art, oh God !』)
詩:ベルリオーズ の友人トマ・グネによる原詩の翻案

題辞:題名の下に、次の言葉が記されている。
「天にまします御方に頭をお下げになるがよい。(ゲーテ『ファウスト』)」
[『ファウスト』第1部1009行のジェラルド(・ド・ネルヴァル)による仏訳〜復活祭の初日、助手ワーグナーを伴って市外へ散策に出たファウストが、道すがら出会った老農夫らから昔の人助けへの礼を言われたことに応え、語った言葉]

合唱のリフレイン(繰り返し句)から始まり、その後、独唱(レシタティフ)と合唱(リフレイン)が交互に歌われるという、この作品の形式は、キリスト教の祈りの歌に馴染みのない聴き手には、斬新なものに感じられる。しかし、実際には、作曲者の創意によるものではなく、長い歴史を持つ教会の歌唱方式に倣ったもののようである[土屋吉正『ミサーその意味と歴史―』あかし書房1977年初版p.37(「答唱詩編」の説明)、音楽辞典等の「応唱」、「レスポンソリウム」、「応唱詩篇唱」等の項参照]。なお、この歌曲集では、他の合唱曲(第3曲「戦いの歌」、第5曲「酒を飲む歌」)においても、同じ形式が用いられている。

リフレインでは、コーラスが一定の言葉を歌うたびに、敬虔な思いに浸り、沈思するかのような沈黙が配され、効果を上げている(この沈黙は、休符にフェルマータを付けることで指示されている)。音楽とドラマの融合を追求した作曲家、ベルリオーズらしい技法と言えよう。なお、リフレインの旋律は、1828年のローマ賞コンクール提出作品、『エルミニー』の『祈り( Prière )』(全集CD6(20))に用いられたものであり、休符にフェルマータを付ける技法も、その作品から引き継がれている。

以下、この作品について語った作曲者の言葉を、当館所収の手紙から抜粋する。

1830年2月19日、父ベルリオーズ医師宛
・・・「アテネ・ミュジカルで、たいへん多くの聴衆を前に、僕の歌曲集から、2曲が演奏されたのです。一つは大規模コーラス付きの作品、もう一つはピアノ伴奏の独唱曲でした。」・・・「演奏された2つの作品(『夢想』と『聖なる歌』)は、静かで、哀愁を帯びたジャンルのもので、それゆえ、群衆を沸き立たせるような性質の音楽ではなかったのですが、にもかかわらず、何度も満場の喝采で迎えられました。」・・・「『聖なる歌』の場合、この作品に何か美点があるとすれば、それは他の何にもまして、感情表出と崇高さとにあるのですが、人は、この作品は既知のいかなるものにも似ていないとか、まったく新しいものだ、などと言っています。これほど真実でない批評もないものだと思いますが、・・・」

なお、この作品は、上記の手紙に語られている演奏会(1830年2月18日、アテネ・ミュジカル)の後、『幻想交響曲』の初演が行われた同年12月5日のパリ音楽院ホールでの演奏会においても、第3曲『戦いの歌』とともに、取り上げられている。

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