凡例:緑字は訳注 薄紫字は音源に関する注
パリ発、1833年5月30日、
アデール・ベルリオーズ宛
僕の愛しいアデール、
長く手紙を書かずにいたことに、君は怒っているだろうか?・・・ああ、どうか怒らないでくれたまえ。もし、僕が自分の置かれた状況の突飛さや小説のように現実離れしたところだとか、僕の愛しい気の毒な病人[ハリエットのこと]の気持ちの不安定さが僕に引き起こす不安だとかに( par l’étrangeté et le romanesque de ma position, par les inquiétudes que me donnent celle de ma pauvre chère malade )、どれほど掛かりきりになっているかを君が知ったなら、きっと僕を許してくれることだろう。アンリエットが足の骨を折ってから3ヶ月になるが、いまだに松葉杖をついてやっと歩けるくらいにしか回復していない。日中に数時間、自室で歩いたり立ったりする練習をしているが、そのほかの時間は哀れにベッドに横たわって過ごしていて、僕がいない時は、四六時中、地獄の騒音のような妹[アン・スミッソン]のお喋りを聴かされ続けなければならないのだ。この女性は、言葉どおり悪魔のような執念深さを発揮して、僕のことで彼女[ハリエット]を苛み続けている。アンリエットを僕から引き離そうと、彼女[アン]は、ありとあらゆるばかげた讒言を創作している。幸い、そんな中傷は何の効果も上げていないが、何が何でも自分の身勝手な利益を追求し、腕力さえあれば窓から放り出してやるところだなどと僕に面と向かって言い放つ、このいまいましいひどく背中の丸い人( cette damnée petite bossue [アンは身体に障害があった〜出所:ブルーム編『回想録p.409 n.17』、ケアンズ2部1章])をどうにかして( exterminer )しまわないでいるために、どれほど忍耐が必要か、君に想像がつくだろうか?・・・大抵の場合、僕らはこうしたことを笑って済ましている。それでも、自制心を失う寸前まできて、僕の優しく美しく愛しいアンリエットの視線が僕に向けられているのでなかったらこの憎らしい小さな女性( la maudite naine )は少しばかり不快な時間を過ごすことになるところなのだが、と思う日が一再ならずある。だが、多くの場合「辛抱することと時間をかけることとは、力や激情より多くのことを成し遂げる」[ラ・フォンテーヌ『寓話』2巻11話「ライオンとネズミ」。参照:CGIIp.104,n.1]ことを僕は知っているので、我慢している。気立てのよい妹よ、僕はいつか、君に長い手紙を書いて、スミッソン嬢に関する全ての詳細を知らせよう。全く信じがたい彼女の性格のことや、それについて僕が日々している、素晴らしい発見のことを。だが今は、こうしたことが皆、人々に先取り予測されていて、君もまだ多くのひどく間違った思い込みの影響下にあるから、僕の言うことを信じるのは難しいだろうと思う。君がこの手紙を受け取る頃には、3度目の、つまり最後のソマシオンが実行されていることだろう。お願いだ、その確認の知らせを、直ちにくれたまえ。僕は昨日、[フェリクス]叔父さんに会ったが、ナンシーの出産のことは何も知らないと言っていた。彼女がどうしているか、情報を集めてくれたまえ。あと、家の皆の様子も知らせて欲しい(彼らにとって僕は嫌われ者( un Paria )ではあるのだけれど)。可愛い妹、善良なアデールよ、さようなら、変わることのない君の愛情に感謝している。僕の君への愛情については、今更繰り返すまでもなく、君は分かってくれているね。
君の兄、
H.ベルリオーズ
パリ、5月30日(了)[書簡全集338]
訳注/3回目のソマシオンについて
3回目のソマシオンは、この手紙が書かれた1833年6月5日に実行された[出所:書簡全集2巻p.56年譜、ブルーム編『回想録』p.415n.41]。
これまでに見てきた種々の手紙から、2回目、3回目のソマシオンには、ラ・コートの公証人シミアンのほか、ベルリオーズの委任状を携えたラ・トゥール・デュ・パンの治安判事、シャラヴェルが関与した可能性が相当程度あるとみてよいのではないかと思われる。