グルノーブル発、1833年2月28日、
カミーユ・パルからアデール・ベルリオーズ宛
僕の小さな義妹(いもうと)のアデール、貴女と貴女のご家族の今の心中をお察しします。エクトルの件のこの避けようのない決着は、ずっと前から予想していました。お父さん[ベルリオーズ医師]が「丁重な証書( actes respectueux )」[子が父母に結婚の諾否を問う証書。25歳以上30歳未満の男子が父母の同意のないまま結婚するには、この証書を父母に月毎に計3度差し出すことが必要だった。詳しくは2/3付ベルリオーズ医師宛の手紙訳注「当時の結婚法制について」参照]の差し出しを受ける煩わしさを免れられるのなら大いによかったとは思いますが、お父さんは、ご自身に対してもご家族に対しても、拒絶の意思を公に表明する義務を負っておられたのです。
アデール、僕は思うのですが、あなた方は、お兄さん[エクトル]の新たな熱中( nouvelle folie )がもたらす結果を、過大に考えておられます。第一に、彼が結婚しようとしている女性は、舞台俳優として普通の階層の出身です。この女(ひと)は、その才能においても、今日まで非の打ち所のないその素行においても、フランスのように俳優が公衆の蔑視を受けている国とは、違う国に属しているのです。要するに、彼女は、あまり豊かではないけれども、まっとうな家の人なのです。エクトルが取り結ぼうとしている絆は、これらのどの点から見ても、我々の社会にある偏見にかかわらず、エクトル本人にとっても、ご家族にとっても、少しも不名誉なことではないということです。
このように言うことで、アデール、僕はお兄さんの行動を擁護しようとしているのではありません。彼がご家族にもたらした悲しみ、ご両親の正当なご意向に対して示した反抗には、弁解の余地がありません。のみならず、我々が彼のものだと知っているあの激しい情熱と、それを克服しようと努力する精神力と勇気の不足とから、彼がそのうちに大層気の毒なことになってしまうのではないかと、大いに懸念しています。
言うまでもないことですが、この出来事が僕に何らかの影響を及ぼすことは、全くあり得ません。僕の胸が痛むのは、ただこの出来事があなた方にもたらす悲しみによってだけです。そして、もしあなた方を今よりももっと愛することが僕に起き得るとすれば[既に今、これ以上愛せないほど愛しているとの意味]、それは、あなた方の悲嘆が僕の愛情を更に募らせるということです。が、この話はもう十分でしょう。小さなアデール、貴女の前であれこれ説明する必要がない程度には、貴女は僕のことをよく知ってくれている、と僕は思っています。
ナンシーは依然元気にしています。彼女は僕が懸念していたほど苦しんではいません。彼女はずっと前から、この不幸な問題の決着に向けた覚悟ができていたのです。
さようなら、僕の小さな義妹のアデール、ご両親にお伝えください、ご心中お察ししますと。そして、願おうではありませんか、最初の時が過ぎ、貴女のご両親がこの辛い出来事の結果をより穏やかなお気持ちで受け止めるようになられることを。
愛する義兄より
カミーユ・パル(了)[『家族の手紙』No.315]
訳注/この手紙について
この手紙は、義妹アデール(当時19歳)に宛てて書かれているが、書き手のパル判事の真の意図は、この手紙に含まれるメッセージを彼女の両親、とりわけ、ベルリオーズ医師に伝えるところにあったのではないかと推測される。にもかかわらず、敢えてアデール宛の手紙の形がとられているのは、義父に当たるベルリオーズ医師に直接意見する形を避けるためだったのではないかと思われる。