凡例:緑字は訳注 薄紫字は音源に関する注
パリ発、1833年2月2日
フェリクス・マルミオン[母ベルリオーズ夫人の弟]からナンシー・パル宛
親愛なナンシー、君の手紙は僕を悲しくさせた。自分を家族からますます孤立させ、家族の強い願いや悲しみを一顧だにせず、要は、本人が自らそう言っているように、他の人々のためにではなく、自分のために生きている、ある一人の常軌を逸した人物[エクトル]のことを、ひどく心配しなくてはならないのだから、なおさらだ。つまり、彼[同]の性格の根底には、幾らか次のことがあるのだ:自己中心主義( C’est en effet là un peu le fond de son caractère : l’égoïsme. )。彼に関しては、僕にも愚痴を言いたいことがある。2年も消息を知らせずにイタリアにいながら、君たちに強く言われてやっと通りがかりに手紙をくれる始末だ。当地入りして彼に会ってみると、よそよそしく、何ごとか案じている様子で、心情の吐露も打ち明け話もない。僕の方ではいそいそと彼に会いに行ったのに、彼の方では、こちらがパリに着いて2週間になるというのに、まだ僕を訪ねて来ていない。君の手紙を読んで思い当たったことはたくさんある( Ta lettre me donne l’explication d’une foule de choses qui me reviennent maintenant. )。彼の新たな情熱のことは僕もよく知っていた。だが、まさかここまで正気を失ってしまおうとは思いも寄らなかった。というのも、あの女優[ハリエット]は破産しているからだ。これは憶測どころの話ではない。当人が彼にそう話しているのだから、紛れもない事実だ。とはいえこれは、もし彼女が包み隠さず事実を語ったのであれば、優しい感情の証(あかし)になることではあるけれども[原文:car ce n’est pas même une spéculation : cette actrice est ruinée : elle le lui a dit ; ce qui prouverait encore de bons sentiments si elle était sincère. ]。『ルヴュ・ド・パリ』誌に載った例の[エクトルの]伝記記事は、明らかに仲間の誰かが目的をもって書いたものだ。とはいえ、こちらにも希望がない訳ではない。アルフォンス[ベルリオーズの従兄弟。パリ在住の医師]の手紙を読めば分かると思うが、君の兄さん[エクトル]に届いたある情報が、かなりはっきり効果を上げている。その上、彼が両親の同意なく結婚できるようになるまでには一定の期間が必要だ( il faut un délai pour qu’il puisse se passer du consentement de ses parents. )。おそらくそれが熱を冷ますだろう。この熱中は、長続きするには、激しすぎるから。それまでの間に、こちら側でも互いに話し合い、必要な場合は、行動しようではないか。
僕はひどく忙しく、特に日中は、連隊の業務以外のことに割ける時間がほとんどない。かなり重い責任を負わされ、それに縛られている。それでも、水曜日に招かれた宮廷の舞踏会のことは、君に話しておかなければならない。それは豪華さ、壮麗さの点で例年に勝るものだった。[中略]
4日月曜
アルフォンスが僕に約束してくれていた書付(かきつけ)が届くのを待つため、手紙を書くのを中断していた。その書付が届いたので同封する。既に僕が書いたことや、何もかもが絶望的という訳ではないということの、君への証(あかし)になってくれると思う。さらに、ついに当人来訪の恩恵に浴し、彼の結構な目論見について何らかの打ち明け話が得られた暁には、手紙で君に知らせよう。彼が心を開いて話してくれるようにもっていくことには、多くの困難があると予想している。というのも、彼は、いつも態度で示してきた愛情からして大いにそうであってしかるべきであるこの僕に対しても、決して胸襟を開いたことがないからだ。
昨日、日曜に、国王の閲兵のため連隊の整列を行うつもりでいたが、悪天候で延期になってしまった。とはいえ、この行事をあまり遅らせる訳にはいかない。[以下略]
(了)[『家族の手紙』No.311]