手紙セレクション / Selected Letters / 1833年2月19日(29歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

パリ発2月19日、
[郷里の友人]エドゥアール・ロシェ宛

親愛なエドゥアール、
小説のような僕の人生の物語が結末に至ろうとしている。両親に対して僕がとることを余儀なくされた手続については、ジュストかロランから聞いているに違いない(僕はこの二人に手紙を書いているから)。父は僕のスミッソン嬢との結婚に同意することを拒んだ。彼にそれ[二人の結婚を認めること]を強いるには法的手段に訴えるほかないと、彼は僕に分からせたのだ。・・・実際、僕はそうした。ジュスト[ジュスト・ピヨン。弟のロランとともに、ベルリオーズのパリ修学時代の友人。兄弟はラ・コートの公証人の家に生まれ、後に公証人となったという(出所:CGI p.46n.1)]に委任状を送り、ラ・コートで公証人を一人選任して付き添ってもらい、僕の両親に「丁重な証書」( l’acte respectueux )[子が父母に結婚の諾否を問う証書。25歳以上30歳未満の男子が父母の同意のないまま結婚するには、この証書を父母に月毎に計3度提出することが必要だった]を提出してくれるよう、依頼したのだ。ジュストは僕の手助けをしてくれることをためらわなかったと思っている。何しろ、くれぐれも最速で処理してくれるよう、頼み込んだのだからね。そこでお願いしたい。僕の予想が裏切られていないかを調べ、[もしそうだった場合には]できるだけ早く彼に代わる手立てを探してくれたまえ。父は法律によって与えられた権利を無益に濫用している。そんなことをしていったいどんな利益が得られるのだろうか?・・・3か月ばかり余計に僕をひどく困らせたというだけの利益だ。ああ、そうなのだ、実際、僕は困ってしまうのだ。どうして困るのか、僕はよく分かっているのだが、君にそれを説明していたのでは、あまり長くなってしまう。ただ、知っておいて欲しいのは、アンリエットがあと3か月、当地にいられるかどうかが、確かでないということだ。彼女がドイツに行くのなら、それは大した問題ではない。僕は彼女について行く(これは可能だ)。だが、やむ得ない事情で彼女が英国に帰ることになった場合は、彼女の妹(僕の不倶戴天の敵)が母親と力を合わせ、考え得るあらゆる心労や苦痛を僕ら二人に与えてくるだろう。僕はおそらく彼女についてロンドンに行くことはできないし、別離に耐えて生き延びることができるかどうかも分からない。英国の法律では、21歳を過ぎた女性は両親の同意なく結婚でき、両親に知らせることも必要でない。つまり、僕らは現時点で結婚できるのだ。一度(ひとたび)結婚すれば、僕は彼女とロンドンに行き、僕らは力を合わせて利害に基づく家族の専横と戦うだろう。・・・だが、彼女は母親の前ではとても気弱で、母親をとても恐れているので、僕はいつも彼女がnous tombe sur les bras[意味不明〜文脈からは(母親と妹の扶養のため)結婚を断念する等の意かと推測される]してしまうのではないかと心配している[ 全文:Mais elle est si faible devant sa mère, elle en a une telle peur, que je tremble toujours qu’elle nous tombe sur les bras. ]。だから、僕の怒りと愛と絶望とがないまぜになった挙句、いったいどんなことが起き得るか、誰に分かるだろうか?・・・ああ、僕の父ときたら!ひょっとすると彼は、ある恐ろしい悲しみの準備を整えているのかもしれないのだ( Oh mon père ! mon père ! ! il se prépare peut-être quelque affreux chagrin. )。

親愛なエドゥアール、僕の味わっている感情が理解できるだろうか?ある一人の女性を5年間、何の報いも得られぬまま、あれほど熱愛したこと!パリに戻って最初に開いた演奏会で、その女(ひと)の姿を初めて再び目にしたこと、ほかならぬ彼女がインスパイアした作品が尋常ならざる大成功を収めるところを彼女に目の当たりにしてもらい、涙を流してもらったこと、彼女の家で彼女に紹介されたこと、彼女が元で味わった長い苦悩のことを彼女に話し、彼女の弁明を聞いたこと、僕の話に彼女が悲痛の涙を流すのを見たこと、そしてとうとうその数日後、彼女から愛を告白されたこと。こうしたことを経て、彼女はいまや、彼女が自分から離れずにいてくれることに自らの利益を見出している彼女の妹の愁訴にもかかわらず、僕と結婚することを約束してくれているのだ。2週間後、彼女が開催しようとしている彼女のための大掛かりな募金公演が終われば、僕らは結婚できるだろう。僕はついに言えるようになるのだ、僕は幸福だ、僕は運命に立ち向かったと!ところがそこへ父が邪魔しに来て、不安と恐れで僕をじわじわと死に至らしめようとしているという訳なのだ。さようなら、折返し( courrier par courier [訳語の情報源:wikitionnaire ])返事をくれたまえ。

H.B.(了)[書簡全集321]

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