凡例:緑字は訳注 薄紫字は音源に関する注
パリ発1833年2月16日、
ベルリオーズ医師宛
大切なお父さん、社会的偏見に由来する考慮が、お父さんに僕が受け取ったような返事をさせる力を持つことがあり得ようとは思いもよりませんでした。こんなことになったのは、僕たち皆にとって大きな不幸です。僕は、多くの苦悩、多くの悲嘆のほかには、内面生活も、心の生活も知りません( Je n’ai encore connu de la vie intérieure, de la vie du cœur, que des peines et des déchirements ; )。自然と僕の気質とが、再び目の前に現われた完全な幸福を得るただ一つの可能性を逃さぬよう、抗いがたく僕に働きかけるのは、僕の落ち度ではないのです。それを手に入れるために、僕はどんなことでもするでしょう。
期待していた、より穏やかで適切な方法によることができない場合、僕は法的な手段[父母の同意のないまま結婚するために3回実施することが必要な父母への証書差し出しの手続。後続の手紙では「ソマシオン」(sommation〜催告)と呼ばれている。制度詳細は2/3付ベルリオーズ医師宛の手紙訳注「当時の結婚法制について」参照]をとることを余儀なくされます。その結果、お父さんたちがご自身をひどく責めることになるような不幸が起きるかもしれません。結局、あと3か月も余計に僕を苦しめることに何の利点があるのでしょうか?僕はもう、十分苦しんだのではないでしょうか?・・・
僕は、大多数の人たちよりも多くの苦しみ、悲しみ、苛立ちを割り当てられているように思えてなりません。手ひどい仕打ちが幾つもあり、ある一つのそれは、目的もなしにさらに拡大しようとしています[ il y a de la cruauté et une cruauté sans but à élargir encore. ]。このいつ果てるとも知れぬ3か月の間に、アンリエットと僕のどちらかが死ぬようなことにでもなって、束の間の幸福を僕が味わうのを邪魔してしまったとお父さんが思うようになるのは、恐ろしいことだと思います。とはいえ、結局それが僕の天命だというのであれば、そうなればいいのです!( Mais enfin si telle est ma destinée, qu’elle s’accomplisse ! )
愛する息子より
エクトル・ベルリオーズ
1833年2月16日(了)[書簡全集320]