手紙セレクション / Selected Letters / 1833年10月11日(29歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

ヴァンセンヌ発1833年10月11日
アンベール・フェラン宛

親愛な友よ、

僕は結婚した!遂に!いつ果てるとも知れぬ苦しみ、双方の親族の猛烈な反対に抗って、愛と不抜の志を完璧に貫いた。アンリエットが後になって僕に打ち明けたところでは、彼女は、彼女を僕から遠ざけるためになされた僕に関するばかげた讒言(ざんげん)を山ほど聞かされ、それが彼女の度重なる不決断の原因になったのだそうだ。うち一つは、特に恐ろしい不安を彼女に抱かせた。それは、僕がてんかん持ちだと彼女に請け合うものだった。次がロンドンからの手紙で、僕は気が触れていて、そのことはパリ中に知れ渡っているから、僕と結婚すれば彼女は破滅だ、等々の内容だったという。

それでも僕らは、こんな不協和な声より一層はっきりと聞こえる、それぞれの心の声に耳を傾けた。そして今、僕らは、そうしたことに満足している。

僕はと言えば、僕の妻は、それ以上そうではあり得ないほどに清らかで、かつ、処女だったと、最良の友である貴君に告げ、名誉にかけて断言することができる。また、もちろん、これまで彼女が生きてきた世界で、周囲にいくらでもあったに違いない悪い手本、金銭や利己心の誘惑をはねつける術を、彼女が知っていたことは、彼女の捨てがたい美質だ。貴君は、このこと( cela )[二人の結婚のことか]が僕にどのような将来の安全をもたらすのかを思案しているに違いない。僕らのそれのように個性的な結婚は、あまり例が多くない。不吉な予測の多くは外れるだろう。この冬、僕らは一緒にベルリンに行く。僕は音楽の仕事の関係で彼の地に行かねばならず、彼女は彼の地で立ち上げが企画されている英国劇団への参加を招請されているからだ。

スポンティーニは、僕らを支援してくれるか、あるいは少なくとも邪魔せずにいてくれるつもりだろうか?そうであることを期待している。出発前に、何か度外れな演奏会( quelque horrible concert )を開くつもりだ。それについては貴君に詳しく知らせよう。ああ、可哀想なオフィーリア、僕は恐ろしいほど彼女を愛している!多かれ少なかれいつも僕らの邪魔をしている彼女の妹を追い払うことができたとき、僕らは、苦労はあっても幸福な生活(それは犠牲を払って勝ち得るものだ)を、やっと手に入れるだろうと、僕は思っている[の意か。原文:Je crois que, quand nous aurons pu renvoyer sa sœur, qui nous trouble toujours plus ou moins, nous aurons enfin une existence laborieuse, il est vrai, mais heureuse, que nous aurons bien achetée.]

友よ、手紙は同じ住所に宛ててくれたまえ。僕は今、ヴァンセンヌにいる。妻がこの地で完治をめざし、天気の良い日に公園で長い散歩をしているのだ。僕は毎日パリに出掛けているが、そこでは僕らの結婚が騒動を引き起こしている。この話題で持ちきりなのだ。

さようなら、さようなら。

貴君の変わらぬ友より。(了)
[書簡全集351]

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