凡例:緑字は訳注 薄紫字は音源に関する注
パリ発、1833年1月5日
アルベール・デュボワ宛
親愛なアルベール、
手が空いて独りになれる僅かな時間を使い、貴君に返事を書いている。近頃ひどく忙しく、そういう時間がめったに訪れない。初めに、貴君が僕の作曲家としてのキャリアに情愛のこもった関心を寄せてくれていることにお礼を言う。そうなのだ、初回と2度目の二つの演奏会で僕が収めた成功は、確かに非常に大きなものだった。だが、これから話す、ある1つの賛成票がそれに加わることになって、僕はもうすっかり幸福に包み込まれてしまい、あと少しで頭がおかしくなるところだった。それが何かを話す前に、貴君のチャーミングな訳詞[『生への帰還 〜 メロローグ 』第1曲「漁師〜ゲーテのバラード」]が歌手によって歌われ、今まさに製版中だということをお知らせしよう。この曲、それにユゴーの『囚われの女』、あと、『幸福の歌』の楽譜を、出来次第、貴君に送る。ただ、貴君の家の女性たちが歌えるのは、『囚われの女』だけだと思う。他の2つは、テノールの非常に高い音域で歌うように書かれていて、ジャンルも彼女らの好みではないので。あと、もしまだ持っていないのであれば、『メロローグ』[『幻想交響曲』の「プログラム」、『生への帰還』の独白と歌詞を印刷した冊子]も、1部送ろう。
地上のことは、もう十分語った。さあ、これからが僕に起きた天上の出来事だ。
何というありそうもない小説なのだ、僕の人生は!
アンリエット・スミッソンが僕の演奏会に連れられて来た。僕が開催したものだとは知らずに。彼女は、彼女自身が主題で、彼女自身が発端である作品を聴き、それによって涙を流し、僕の途方もない成功を目の当たりにした。これらすべてのことが、彼女の心を直(じか)に打った。彼女は演奏会の後、非常に感激したことを僕に伝えてきた( elle m’a fait témoigner après le concert tout son enthousiasme, )。僕は、彼女の家で本人に紹介された( on m’a présenté chez elle;)。彼女は僕の話を聴き、涙を流した( elle m’a écouté, tout en larmes, )。僕は、彼女を愛するようになったあの日からの僕の人生の変転を、オセロのように、彼女に語ったのだ[シェークスピア『オセロ』1幕3場~ヴェネツィア政府に支えるムーア人貴族の将軍オセロは、議官の娘、デズデモーナに求められて自らの苦難の半生を彼女に語ったことでその愛を得、彼女を妻とする]。彼女は、自らはそうと知らず僕を苦しませたことについて、僕に許しを求めた(というのも彼女はほとんど何も知らなかったのだ)。そして遂に12月18日、僕は、彼女が自身の妹の前でこう言うのを聞いた。「あの、ベルリオーズさん、・・・私、貴方を愛しています( Eh bien, Berlioz … je vous aime. )」そのとき以来、僕は自分の頭の噴火を鎮めることに全力を傾けている。僕は自分が正気を失ってしまったと思った。そう、彼女は僕を愛している。彼女はジュリエットの心を持っている。僕のオフィーリアがまさにここにいる( c’est bien là mon Ophélie. )。彼女に会えないとき、僕らは、ときに日に3通も手紙を書く。彼女は英語で、僕はフランス語で。ああ、友よ!してみると、天に正義はあるのだ!そうは思っていなかったのだが。僕の音楽と僕の思い。僕が愛されているのは、この2つのお陰だ!( Mon art, ma pensée, c’est à vous deux que je dois d’être aimé! )僕の大切な交響曲!僕はそれを祭壇に祀(まつ)り、香を焚いて感謝を捧げたい。ああ、アルベール、何という愛( amour )、何という熱愛( idolâtrie )、どれほどの胸のときめきか( quanti palpiti ![イタリア語])! 貴君は僕の煩悶する姿を見てくれてきている。僕がどんな思いでいるか、想像がつくだろうか?[vous figurez-vous ce que je dois éprouver ?]・・・・ これは官能の愛ではない。そう、心だけの、この崇高な感情の芳香で満たされた、精神の愛なのだ( Ce n’est pas un amour des sens, non, c’est le cœur seul, et la tête qui sont parfumés de ce sentiment sublime. )。だが、彼女は、僕がどのように努力しても和らげることできない、ひどい心痛と悲嘆の最中(さなか)にある。そのことが僕を打ちのめしている。僕の血管を流れる血と引き換えにしてでも、彼女の苦悩に安らぎをもたらしたいと望んでいるのに、そうすることができないのだ。アルベール、僕らの愛、彼女との面会が、女性の名誉が彼女に許す性質のものではないとは思わないでくれたまえ。それは誤解だから。それどころか、2人きりで会うときの彼女の慎みは、僕をひどく苦しめている( Au contraire, elle est d’une réserve dans nos tête-à-tête qui me tue. )。ああ、僕のオフィーリア!!僕は時には、彼女の前で、何時間もずっと跪(ひざま)いたままでいる。彼女の両手を僕の両手で包み、彼女の目にゆっくりと浮かぶ涙に見入りながら。口づけが一つ、僕の額に降りてくると、僕は立ち上がる。僕は吠え、彼女を抱きしめる[je rugis, je la brise dans mes bras]。僕らは客間を大股で歩き回る。僕らを結び付けるべく、二人を同時にヨーロッパの両端からパリに駆けつけさせた不思議な運命に、感嘆の叫びを上げる。彼女はもうじきシェークスピアの『ロミオ』の大掛りな公演に出る予定で、僕はそれを観に行くことになっている。(彼女は他の全ての公演について僕が姿を見せることを禁じている。僕がいると彼女の心を乱すおそれがあるというのだ。)そう、僕はその公演を観る。そしてその悲劇がはねたら、本物のロミオが、シェークスピアが創出したロミオが、つまりそれは僕のことだが、そう、その僕が、僕のジュリエットを前に、跪(ひざまず)く。死を、彼女がそれを望むのなら生をすら、受け入れる覚悟で。I am mad, dearest I am dead ! ! Sweetest Juliet ! my life, my soul, my heart, all, all, t’is the heaven oh !!!! … [僕は狂っている、愛する女(ひと)よ、僕は死んでいる!!優しいジュリエット、僕の命を、僕の魂を、僕の心を、全てを、全てを、それは天国だ、ああ!!!]さあ、僕のオーケストラよ、語れ・・・
さようなら、親愛な心の広いアルベール、僕の両親に知らせるべき時が来るまで、僕の幸福のことは秘密にしておいてくれたまえ。ドルティグが、『ルヴュ・ド・パリ』誌の僕の伝記記事で、うかつにもこの秘密を半ば明かしてしまった。貴君は読んだだろうか?・・・いま持つべきは、平常心だ![の意か。原文:à présent, froid !]
貴君の作品についての質問に答えよう。自らそこに居ることなしにパリで出版しようなどと考えてはいけない。これは確かなことだ。そんなことをしては成功を逃してしまうだろう。
さようなら、大切な友よ、
『メロローグ』では、ハムレットの友人、ホレイショーの名で貴君に言及しているが、貴君はそのことに気を悪くしたりしないでくれるものと思っている。
H.ベルリオーズ
追伸
すぐに僕に手紙を書いて、グルノーブルで人がこの件をどのようにあげつらっているか、幾らか知らせてくれたまえ。『ルヴュ・ド・パリ』の記事が反響を呼んでいるだろうから。
全てに抗い、挿話的な熱情[カミーユ・モークとの恋愛のこと]をも乗り越えてきた、5年に及ぶ真剣な愛だ。鉄具は苦悩の中で断ち切られていたのだ[暫定訳~原文:Le fer était rompu dans la plaie.]。
ああ!これらすべてのことをうまく伝えることが、いったい誰にできるだろうか?否、そんなことは、誰にもできはしない。・・・音楽にさえ、だ。( Mon Dieu, qui est-ce qui pourra jamais exprimer…
rien
pas même la musique. )(了)[書簡全集307]