手紙セレクション / Selected Letters / 1832年5月25日(28歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

トリノ発、1832年5月25日
アンベール・フェラン宛

親愛なアンベール、

ご覧のとおり、僕はもう貴君のすぐ近くまで来ている。次の木曜には、グルノーブルに入っているだろう。僕らの再会が遅くならないことを願っている。僕の方では、その時期を早めるためになら、何事もいとわないつもりでいる。この件についての貴君の考えを、ラ・コート・サンタンドレの住所宛に送ってくれたまえ。貴君の手紙がひとつもフィレンツェに届いていなかったことは、ひどく残念だったが、特に驚きはしなかった。なぜここまでどうしようもなく怠け者なのか。必ず手紙をくれるよう、あれほど頼んでおいたのに。

まあいい、僕はアルプスを見る・・・

いまの状況は、貴君の感情を昂らせる材料だらけだ。貴君の頭はひどく活発に働いているのだろうね?・・・間違いなく、僕が望む以上に。だが、人の心の一致を望み、個性を度外視したところで、何になるのか?・・・まあ、確かに僕が間違っているのだろうけれども。[Votre tête a bien des sujets de fermentation dans ce moment-ci; travaille-t-elle beaucoup ? … plus que je ne voudrais, bien certainement. Cependant pourquoi désirer l’uniformité morale des êtres; pourquoi effacer des individualités ?… J’ai tort, c’est vrai.]ほかにはどうしようもないだけに、なおのこと、僕らの天命に従おうではないか。貴君はグネの近況を知っているか?僕はコレラが流行りはじめてから何も聞いていない。良くないことが起きていなければよいが。

あと、あの無言のオーギュストは?・・・今度彼に手紙を書こうとするときは、両手が麻痺してしまえばいい!こんな扱いを彼から受けるとは思いもしなかった。

ロンバルディアの平原の何と美しく豊かだったことか!それは僕の心に僕らの栄光の日々の痛切な記憶を呼び覚ました[ナポレオンのロンバルディア制圧(1796年)を指す言葉であろう]。「消え去った空しい夢のように」[«comme un vain songe enfui»。出典不明]

ミラノで、初めて力強いオーケストラを聴いた。少なくとも演奏に関しては、それは音楽になりかけていた。だが、我が友ドニゼッティの書いた総譜は、我が友パチーニ、我が友ヴァッカイのそれと大差なく、聴衆も、その手の作品に似つかわしい人々だった。[cela commence à être de la musique, pour l’exécution au moins. La partition de mon ami Donizetti peut aller trouver celles de mon ami Paccini ou de mon ami Vaccai. Le public est digne de pareilles productions.]。パリの証券取引所の中にでもいるかのように大声でおしゃべりをしているし、ほとんど大太鼓なみのやかましさで平土間の床をステッキで打ち鳴らしている。もし僕がこんな不作法な連中のために作曲をする羽目になったら、僕の命運もいよいよ尽きたということだろう。芸術家にとってこれ以上の不幸はない。何という屈辱か![Si jamais j’écris pour ces butors, je mériterai mon sort; il n’en est pas de plus bas pour un artiste. Quelle humiliation!]

劇場を出るとき、ラマルティーヌの次の素晴らしい詩行が僕の頭に浮かんだ(彼はここで自らの詩的霊感(muse poétique)[muse(女性名詞)は「詩の女神」をも意味する]のことを語っている)。[以下の韻文は、ラマルティーヌ(1790-1869)の頌歌(オード)『ネメシスへ(À Némésis)』(1831年)からの引用。この作品は、『ネメシス』誌がラマルティーヌの代議士立候補の機会を捉えこの詩人の処世を痛烈に皮肉る風刺詩を公表したことに応じて発表されたもので、ベルリオーズが引用しているのは、自らのmuse poétiqueを濫用する『ネメシス』の詩人と異なり、自分は詩人として自己のmuse poétiqueをこよなく大切に扱っていると語る、この詩の導入部の一節である。]

否、否、私は彼女[muse poétique]を、けがれを知らぬ美しさにやきもちをやく求愛者がするように、静寂の奥へと導いた。
私は彼女の美しい足を、大地が柔らかな裸足に与える傷の耐え難い痛みから守った。
私は彼女の額を、不滅の星の冠で飾った。
私は彼女の住処(すみか)とするため、私の心を芳香で満たした。
そして私は、ただ祈りと愛だけに、彼女の両翼を避難先にすることを許した。
(Non, non, je l’ai conduite au fond des solitudes,
Comme un amant jaloux d’une chaste beauté ;
J’ai gardé ses beaux pieds des atteintes trop rudes
Dont la terre eût blessé leur tendre nudité.
J’ai couronné son front d’étoiles immortelles,
J’ai parfumé mon cœur pour lui faire un séjour,
Et je n’ai rien laissé s’abriter sous ses ailes
Que la prière et que l’amour.)

この人は、詩の美しさのすべてを理解している。まさに美しい詩にふさわしい人だ。さようなら、大切な素晴らしい友よ。
再会しよう、近いうちに。
貴君の奥さんに宜しく。彼女を紹介してもらえることを大いに楽しみにしている。

さようなら。(了)[書簡全集273]

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