手紙セレクション / Selected Letters / 1832年12月14日(29歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

パリ発、1832年12月14日
ベルリオーズ医師宛

大切なお父さん、

『メロローグ』[『幻想』の「プログラム」と『生への帰還』の独白と歌詞を印刷した冊子]10部を、幾つかの新聞雑誌と一緒に今日送ります。僕のことを書いた記事が載ったものを全部送りたかったのですが、納税印のない[?]ものが複数あり[原文:plusieurs n’étant pas timbrés, ]、それらは投函できませんでした。他の新聞雑誌も入手して、今後記事を載せるものと一緒に送ります。フェティスは、僕が『メロローグ』の原作改変者たちに関する長い独白で彼に仕掛けた平手打ちを顔に真面(まとも)に受けてしまったことから、今日、『タン』紙に全編に怒気のみなぎった辛辣な文章を載せて仕返しをしてきました。が、それも大したことではありません。成功は圧倒的で、僕は毎日、知らない人たちから真情に溢れた様々な手紙をもらっています。一昨日はダグー夫人が、感じのよい手紙をくれました。各方面から再演を求められていて、僕もそうするつもりでいます。収益も素晴らしいものになるに相違ありません。街頭でも劇場[複数]でも、見知らぬ人たちが帽子を持ち上げて挨拶してくれます。サロン[複数]も、オペラ座も、フォアイエも、楽屋[複数]も、どこも、僕の演奏会の噂や話題で持ち切りです。主人公の芸術家、つまり僕の役を演じたボカージュは、才気も、インスピレーションも、情感も、揶揄も、申し分ありませんでした。長台詞のうち、原作改変者についてのものと、山賊についてのものは、いつまでもやまない拍手喝采で中断させられました。「ああ!僕はなぜ、あの女(ひと)を見出せずにいるのか?僕の心が求めてやまない、あのジュリエットを、あのオフィーリアを!」[Oh! que ne puis-je la trouver cette Juliette, cette Ophélie, que mon cœur!]のところでは、あちこちにハンカチーフが見え始めました。

同じ奏者たちからなるオーケストラは、次回には力強く、果敢になるでしょう。彼らに欠けていたのは、確信なのです。あと一回、入念に有給のリハーサルをすれば、細部とニュアンスのすべてが感じ取れるようになるでしょう。

申し訳ありませんが、『メロローグ』をエドゥアール、シャルル・ベール、前から欲しがっていたピヨン夫人に各1部、同様の約束をしているロランに2部(1部はボールペールにいるフィゲに送ってくれることになっています)に渡していただけないでしょうか。ラ・コートにいるようなら、イポリトにも。
さようなら、大切なお父さん。お父さん、お母さん、プロスペール、優しいアデールを愛情を込めて抱擁します。

H.ベルリオーズ
12月14日(了)[書簡全集299]

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