手紙セレクション / Selected Letters / 1832年11月3日(28歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

リヨン発、1832年11月3日
アンベール・フェラン宛

大切な友よ、

つまり僕らは、再度の会合を果たせなかった訳だね!僕は今晩、パリに向けて発つ。昨日来リヨンの泥の中をさまよっているが、浮かんでくるのは、僕を息苦しくさせ、悲しませる考えばかりだ。なぜ今日、僕らは会えずにいるのか!たぶん、それは可能だったのだ。それでも、当地に立ち寄る日を貴君に事前に知らせることはできなかった。僕自身、24時間前には知らなかったのだから。

昨日の晩、大劇場(Grand-Théâtre[今日のリヨン歌劇場])に行った。見るもおぞましい(ignoble)あるバレエの演目で、聞くに堪えない(同)あのオーケストラがベートーヴェンの田園交響曲の断片(le retour du beau temps[直訳「好天の帰還」。「嵐の後の喜びと感謝」の標題をもつ第5楽章のこと])を奏するのを聴き、心の底から痛ましさに打ちのめされた。それは、かつて僕の愛とエンスージアズムの理想が追い求めていた天使のように気高く慎み深いある憧れの女性に生き写しの女を悪所で認めたのにも等しい衝撃だった(Il m’a semblé retrouver dans un mauvais lieu le portrait de quelque ange adoré que jadis avaient poursuivi mes rêves d’amour et d’enthousiasme.)。ああ、2年もの不在(absence)よ!

[パリで]本物の音楽を再び聴いたとき、きっと僕は正気を失ってしまうだろう。印刷が出来上がり次第、『メロローグ』[後の『レリオ、又は生への帰還』]の総譜を貴君に送る。味方につけておくべき新聞・雑誌で、編集者を知っているところがあると貴君は話していたが、それらについてできるだけ早くグネの住所に宛てて手紙で知らせて欲しい。送り先はサンタンヌ通り34番又は32番、手紙は僕の名を記した封筒に入れてくれたまえ。

今日、僕はひどく苦しんでいる。大都会に、ただ一人でいるのだ。オーギュストは、一昨日義理の弟を肺病で亡くし、深い悲しみに沈んでいる。

ああ、何と孤独なことか!!どれほど心の中で苦しんでいることか!!何と生憎(あいにく)な造りを、僕はしていることか!それはまさに、気圧の変化に応じ、あるいは、僕のむさぼるような思惟が輝き、くすむのに応じ、ときに高ぶりときに沈む、気圧計さながらだ。

僕らの大作[『世の終わりの日』]について、貴君は何もしてくれていないに違いない。それでも僕の人生はどんどん過ぎていく。そうして僕は大きな仕事を何もせずに終わるのだろう[Je suis sûr que vous ne faites rien de notre grand ouvrage; et pourtant ma vie s’écoule à flots, et je n’aurai rien fait de grand avant la fin]。オペラ座監督のヴェロンに会うつもりだ。金もうけ主義的、お役所仕事的な発想から彼を救い出し、彼に理解してもらうよう努めようと思う。うまくいくだろうか?あまり期待はしていない。演奏会は、12月初めに開くつもりだ。

Adieu, adieu, remember me[ハムレット1幕5場。父王の亡霊がハムレットにかける言葉。「さらば、さらば、忘れるまいぞ」]。(了)[書簡全集289]

参照文献
『ベートーヴェン大事典』バリー・クーパー原著監修、平野昭、西原稔、横原千史訳、平凡社、1997年

訳注/ベルリオーズがフェランと次に会うのは6年後、1838年9月のことである。[出所:ベルリオーズ辞典 Ferrandの項(執筆者Alain Reynaud)、ケアンズ1部32章]。

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