手紙セレクション / Selected Letters / 1831年10月17日(27歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

サン・ジェルマーノ発、[1831年]10月17、18、19、20又は21日、月曜日(僕には今日が何日か定かでない)[左のうち、月曜日は17日]
家族宛[アデール宛と想定して訳出]

この前の金曜日、僕はフランス語をとても流暢に話し、あるとても感じの良いグループにいる二人のスウェーデン人の士官と一緒に、徒歩でナポリを発った[Je suis parti de Naples vendredi dernier’ à pied avec deux officiers suédois qui parlent fort bien le français et sont d’une société fort aimable.]。こんな風に田舎を歩き回ることには、普通の旅行の仕方とは比較にならない楽しさがある。この時期は特にそうだ。太陽は、もう焼けるようには照りつけないし、シロッコも、吹いていない。果実が熟し、至る所で葡萄の収穫が行われている。心地よく爽やかな微風が吹いている。今がイタリアの最良の季節だ。ナポリからの手紙で君たちに話した、あの有名な修道院を訪れるため、同行の両氏がモンテ・カッシーノに登っている間に、この手紙を書いている。・・・何か面白いことが書けるときは、大いにその機会を利用しなければならない。ローマでは、自分の頭が鈍り、イマジネーションが枯渇し、胸が締め付けられるように感じてばかりだからね。

前の手紙を出してから、僕は有名なポンペイの廃墟を訪れた。この白骨化した都市のことをあれこれと描写して君たちを閉口させるつもりはないが、それは間違いなく事前に思い描くことができるレベルのものだ。だが、4人の旅の道連れと観光ガイドが、僕の小さな古代世界を台無しにしていた。ポンペイの詩的な趣は、そこにはなかった。僕は、自らの感受性(イマジネーションという言葉ばかりを使うのは避けよう)の赴くところに自由に身を任せることができない状況を、心の中で呪っていた。月のほかには見る者もない夜、幾つもの柱とその影の間を独り彷徨い、静けさの中、寺院や宮殿を横切り、響きの良い長い路地のつやつやした大きな敷石の上を歩き、夢想に耽ることができたら、そして、大きな悲劇の劇場で腰を下ろし、ソフォクレスやエウリピデスに思いを馳せ、また、過去の雲の彼方、剣闘士たち、ライオン、トラたち、なお恐ろしいことに、絶望した獣の爪や人の剣に引き裂かれた犠牲者の心臓を貪婪な目つきで追い、その最後の鼓動に拍手喝采を送っている、血に飢えた群衆が、巨大な円形闘技場の中を揺れ動く様子を、身震いしながら見ることができたら、素晴らしかったに違いない。ギリシャ風のドレープを寄せた布を纏った、誇り高く傲然とした眼差しの美女たちが、竪琴を弾いて歓びを歌う魅惑的な女奴隷たちにかしずかれて住まっていた様子を人が心に描く、モザイクを敷き詰めた美しい住居のひとつで眠ることも、僕は大いに望んだところだ。だが、それらがみな、できないのだ。至る所に守衛がいて、注意深く辺りを見張っているので、フレスコ画かモザイク装飾のごく小さなかけらを、お父さんへのお土産に失敬することも、思うに任せなかった。

ポンペイへの小旅行の後、カステラマーレに行き、そこで4人の仲間と別れた。もう少しでシチリア島行きの船に乗るところだったが、お金のことを考え、踏みとどまった。徒歩でナポリに帰着したところで、件のスウェーデン人2人に出会い、ローマを目指す彼らの徒歩旅行に加わることを持ちかけられた次第だ。いまに至るまで、この旅をすることにしてよかったとの思いしかしない。疲れと、売り手がみつからないので失敬したナシか、ブドウか、イチジクのことで農園主と口論になったことを除き、困ったことも、まだない。この流浪の暮らしは、とても楽しい。身の回り品は、郵便に預けてあり、彼らがローマまで運んでくれることになっている。持っているのは、紙挟み、杖、巾着[又は財布]だけだ。重さには不服の言いようがない。その上、疲れるにつれて軽くなり、到着時にはすっかりなくなる。ここには、ある日、辺り一帯の美しさに魅かれたことから、滞在している。明日、僕らはアブルッツォ地方の小さな町、イゾラ・ディ・ソラに向け、旅を再開する。そこには、たいそう興味深い川と、フランス人[複数](うち1人はヴォアロン[グルノーブルの北西方の町]の人)が経営する製紙場[同]がある。僕はその街道を既に通っているから、初めての二人を、僕が案内する。イゾラ・ディ・ソラを出た後は、山地を通り抜け、スビアコに行くつもりだ。同行者の一人はこの町を既に知っていて、僕と同様、愛着を持っている。そしてそこから、僕らは、岩場にも、急流にも、雲にも、森にも、色とりどりの田舎の娘たち[paysannes bigarrées]にも、そのほか、活動的な生から生じるすべての魅力的なものに別れを告げ、倦怠[又は物憂さ、憂愁。原語:l’ennui ]という名の、ローマでの悲しく深い眠りに、落ちにいくのだ。
H .ベルリオーズ(了)[書簡全集246]

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