凡例:緑字は訳注
ラ・コート・サンタンドレ発、1831年1月24日(推定)
フェルディナント・ヒラー宛
グルノーブルに、退屈な旅行をしてきた。向こうで過ごした期間の半分は、病気で寝ていた。残り半分は、どれもうんざりするようなあちこちへの訪問に費やした。黙り込んだまま心身を苛むような時間を[馬車で]過ごし、やっと昨日、ここに着いた。僕の状態を母からきいて知っていた父は、微笑しながら僕を抱擁し、パリから手紙が来ていることを知らせてくれた。父の様子から、手紙はモーク夫人からだと分かった。実際は、夫人と僕のフィアンセの2人からだった。僕は落ち着きを取り戻し、憎むべきこの流浪の境遇の中で味わい得る限りの大きな喜びを味わった。よりによってその翌日の今日、僕の心の平穏を破る貴君の手紙が、ここに届かなくてはならないのか?まったくもって、貴君など、悪魔にでもさらわれてしまうがいい!貴君は何だって、わざわざ僕に告げて来る必要があるのだ、誰ひとりとして[原文は大文字で書かれている]有難がっていない苦しみに僕が好んで身を置いているだの、「その人たちのことで貴方が苦しんでいるその当人たちほど、その値打ちを分かっていない人はありません」などといったことを[ Ne faut-il pas que votre lettre arrive aujourd’hui pour troubler ma tranquillité ? que le diable vous emporte ! Qu’aviez-vous besoin de venir me dire que je me plais dans un désespoir dont RERSONNE ne me sait de gré, ” personne moins que les gens pour qui je me désespère.”]。
第1に、その人のことで僕が苦しんでいる相手は、「人たち」などではない[カミーユ1人だ、の意であろう。 D’abord, je ne me désespère pas pour DES gens ; ]。次に、言っておくが、その人のことで僕が苦しんでいる相手[=カミーユ]に厳しい評価を下す理由が貴君にはあると貴君がもし言うのなら、僕にだっていまや彼女の性格を誰よりもよく知っているのはこの僕だと貴君に請け合う理由がある[ ensuite, je vous dirai que, si vous avez vos raisons pour juger sévèrement la personne pour qui je me désespère, j’ai les miennes aussi pour vous assurer que je connais aujourd’hui son caractère mieux que personne.]。彼女が苦しんでいないことなど、百も承知している[ Je sais très bien qu’elle ne se désespère pas, ELLE ; ]。僕がここに来ていることが、その何よりの証拠だ。僕は彼女に[パリを]去らないで欲しいと何度も懇請されたが、彼女がそれを最後まで貫いていたなら、僕は[パリに]留まっていただろう。いったい何を、彼女が苦しむというのか?彼女は、僕の側の事情に、すっかり通じているのだ[ De quoi se désespèrerait-elle ? elle sait très bien à quoi s’en tenir sur mon compte,]。彼女への献身のために僕が胸に納めていることのすべてを、彼女はいまや、知っているのだ(ただし、全部ではない。もう一つ、ある犠牲が存在していて、それは、すべての犠牲のうちで、最も大きなものだ。彼女はそのことを知らないが、僕は、その犠牲を払うつもりでいる)[ elle connaît aujourd’hui tout ce que mon coeur enferme de dévouement pour elle ( pas tout cependant : il y a encore un sacrifice, le plus grand de tous, qu’elle ne connaît pas, et que je lui ferai). ]。彼女は、よく分かっている。もし、彼女の母親が彼女を再び僕から引き離そうとする不実な行動に出た場合、それを撥ねつけるかどうかは、専ら彼女次第だということを![ Elle sait bien que si sa mère poussait la perfidie jusqu’à chercher encore à la détourner de moi, il ne dépond que d’elle d’y résister ! ]貴君は知らない。僕を苦しめているものが何であるのかを。彼女のほかには、誰ひとり、それを知らない。彼女ですら、最近まで、そのことを知らなかったのだ[VOUS NE SAVES PAS ce qui me tourmente, personne au monde qu’elle ne le sait; encore n’y a-t-il pas longtemps qu’elle l’ignorait.]。
貴君は僕に、快楽主義的な忠告など、しないでくれたまえ。そういうものは、およそ僕には似つかわしくない。それは、卑小な幸福を得るための手段であって、そんなものは、僕は些かも望んでいない。大いなる幸福か、そうでなければ死を、詩的な生か、そうでなければ滅亡を、だ。だから、絶世の美女だの、並外れた体つき[ taille gigantesque ]だのといったことは、僕に書いて来ないでくれたまえ。僕にとって大切な人たちが、僕の悲しみを共有しているだの、していないだのといったことについてもだ。なぜなら、貴君は、それらのことについて、何も知らないからだ。いったい誰が貴君にそれを告げたというのか?[ Ainsi, ne venez pas me parler de femme superbe, de taille gigantesque, et de la part que prennent ou ne prennent pas à mes chagrins les êtres qui me sont chers ; car vous n’en savez rien, qui vous l’a dit ? ]・・・彼女が感じていることも、考えていることも、貴君は分かっていない。陽気で幸せそうにしている彼女の姿を演奏会場で見かけたからといって、貴君がそのことから僕にとって致命的な推論を導くことができるということにはならない。もしそんな推論が可能だというなら、貴君は、グルノーブルでの僕の振る舞いを見て、どのような結論を引き出さねばならなくなるか?もし、貴君がある日、僕が親戚の大きな夕食会で、両隣の17歳と18歳のチャーミングな従姉妹たちと、羽目を外してふざけ、笑っているのを見たなら?・・・ほかならぬ彼女、つまり僕のフィアンセにしても、僕が自分の婚約指輪を、それを見たいと言った従姉妹のオディールに、手に接吻し、指につけてやっているところを、仮に見たとして、何か思っただろうか[何とも思わなかったに違いない、カミーユがパリで楽しいひと時を過ごしていたと知らされても、自分が何とも思わないのと同じように、との意であろう。]。
僕の手紙はぶっきらぼうだが、友よ、貴君は僕を恐ろしく傷つけた。僕は、少なくともあと9日間はここにいる。もうすぐフェランが来る。折返し( courrier par courrier [訳は暫定。辞書類に情報がなく、ネット上に「par retour du courier(折返し)」と同義とする記事がみられた:https://fr.wiktionary.org/wiki/courrier_par_courrier(2023/11/29閲覧)])もう1通、僕に手紙をくれればとても嬉しいし、それは僕が当地にいる間に届くだろう。
さようなら。シナとジラールによろしく。僕の結婚について、皆が話していることを耳にしたら、僕にその内容を知らせてくれたまえ。もう一度、さようなら。
貴君にひとつ頼みがあるのだが、サン・タンヌ通り34番地か36番地のグネの家を訪ね、よろしく伝えてくれないか。フェランがここに着いたら、すぐに彼に手紙を書くつもりだ。
貴君の友
エクトル・ベルリオーズ(了)[書簡全集206]