手紙セレクション / Selected Letters / 1830年8月4日(26歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1830年8月4日
ナンシー・ベルリオーズ宛

手紙とそれに同封されていた短信をいま受け取り、すぐに返事を書いている。君たちが心配するのも当然だ。とはいえ、いまごろはたぶん、事の真相をすべてきいていることだろう。おとぎ話のような話だが、本当だ。パリは、何事もなかったかのように平穏だ。バリケードは取り壊され、通りは補修中で、人々は街灯の代わりをする灯(あかり)を作っている。修復しようがないのは、気の毒な街路樹くらいだ。国民衛兵の人たち[の遺体]を安置するための大きな窪みの場所を示す黒い十字架がルーブル宮の前に建てられ、気の毒な女性たちが、その前で息子や夫、父親や兄弟たちの死を嘆いている。君にもその様子を見せることができればと思う。痛ましい光景だ。それにしても、人々はとても意気軒昂だ!一昨日は、有徳の国王シャルル10世が敵意を露わにし、側近に残っている少数の者たちとランブイエに居座ろうとしているという噂が広まり、ラファイエットが1万人のパリ市民をランブイエに向かわせ、国王を捕えるよう命じた。ところが、群衆はひどく膨れ上がり、エトワールの柵[la barrière de l’Etoile]のところではもう、武装した男たちの数が3万を超えていた。彼らはある者は徒歩で、ある者は騎馬で、またある者は馬車に乗って出発し、2輪馬車、乗合馬車、2頭立て馬車をすべて止め、中にいる者を下車させた。国民衛兵の人たちがそれに乗り込んだ。失脚した国王は、今日、シェルブールに向かっている。その地で船に乗り、ロンドンに行くのだ。
オペラ座では、昨晩、『ラ・マルセイエーズ』がリクエストされた。アドルフ・ヌリがあの旗( son drapeau [三色旗のこと])を手に登場し、それを歌った。劇場のすべての合唱団員とオーケストラ団員が演奏に加わった。その効果は想像もつかないものだった。演奏の直後、誰かが舞台に短信を投げ入れ、それが読み上げられた。それは、この崇高な賛歌の作者、ルージェ・ド・リールが赤貧の状態にあることを聴衆に知らせ、彼のための募金を呼びかける内容だった。これを聞くや皆がロビーへと急ぎ、かなりの額の寄付金がこの現代のテュルタイオス[古代ギリシアの詩人。兵士を称揚する詩を作った。出所:小学館ロベール仏和大辞典]のために集められた。僕の友人たちは、ほぼ全員が毅然とした行動に出たが、幸い、それにもかかわらず、殺された者も、怪我をした者もいなかった。ただ一人、スイス兵に銃撃された友人がいる。あまり近くから撃たれたので、彼の衣服のポケットのところに火がついたほどだ。彼の近くに14歳の錠前屋の少年がいたが、この子の武器はハンマーひとつだった。彼は僕の友人に言い続けた。「さあ、将軍どの、1人倒してくれよ。そいつの銃を貰うから。」実際、リシャール(これがその友人の名だ。ホフマンの『幻想物語』を訳した人だ。)は、スイス兵を1人撃ち倒した。相手が倒れるのをみるが早いか、少年は遺体に駆け寄って装塡された銃を奪い、退却していく部隊に向け、それを撃った。ほかにも、いずれ劣らぬ並外れた行動がいくらでもあった。今は、この国について、君がしているようにあきらめてしまうのではなく、むしろ反対に、最も輝かしい運命をこそ期待すべきだと思う。
分かっているとも。賞は必ず取るから、落ち着いていてくれたまえ。ル・シュウール先生も、僕のカンタータに大喜びしてくれている。僕は学士院を満足させるため必要なものを、ぬかりなく処置した。だが、この賞が僕にとって価値を持つのは、それでカミーユが得られるようになる限りでのことだ。それ以外に益はない。今月の25日か26日に、彼女の父親が当地に来る。賞は21日に授与される。周りの人たちの興奮は、僕の気を紛らわせてはくれず、心中の不安を倍にするだけだ。苦悩や耐え難い思いに満ちた人生を送るように生まれついているにしても、その天命に、僕は実によく従っている。
アルフォンスは元気だ。彼が手当てしてやらねばならない負傷者が、ここには大勢いる!・・・フェリクス叔父は、僕の消息を知ろうと6行ばかりの手紙をくれたが、自分の消息は何も書いて来なかった。
僕は、日曜日が来るのを待っている。毎秒一滴、溶けた鉛を心臓に垂らされる男の味わう苦痛をもって。
今頃はラ・コートの鐘楼にも、あの美しい旗( le beau drapeau[三色旗のこと]が翻っていることだろう。フランス全土でそうであるように。あまりにも長く主(あるじ)を失っていたヴァンドーム広場の円柱に、ナポレオンの胸像が再び置かれようとしている。パリにいるイギリス人はみな、フランスの人民を前にしきりに賛辞を述べている。彼らの何人かと僕の知り合いのドイツ人3人が、チュイルリー宮殿の奪取のために戦った。さようなら。グルノーブルの状況と家での出来事を、早く知らせてくれたまえ。
H.ベルリオーズ(了)[書簡全集171]

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