手紙セレクション / Selected Letters / 1830年8月23日(26歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1830年8月23日
ベルリオーズ夫人宛

大切なお母さん、
有名なこの賞を獲得したことをついにお知らせできるようになり、嬉しく思っています。ローマ賞は僕のものです。この木曜日、[学士院音楽アカデミー]音楽部会が一次判定を発表しました。昨年の積み残し分があるとはいえ1等賞を二つも授与する必要はないとして、僕の単独受賞を全会一致で決めたのです。昨日土曜日に開かれた[同アカデミー]全体会議は、僕についての音楽部会の判定を承認した上で、授与されなかった去年の1等賞に割り当てられていた予算を内務省の処分に委ねてしまうよりは1等賞をもう一つ与える方がよいと判断し、もとよりそのようなことはほとんど予期していなかったある一人の気の毒な青年を喜ばせました。その結果、僕は1回目の投票で第1の1等賞(グラン・プリ)と宣言され、次いでモンフォール氏が第2の1等賞と宣言されました。
僕ら2人の作品は、10月2日に行われる授与式で、大編成オーケストラで演奏されることになっています。
僕にはひとりだけ反対者があり、彼は反対しても無駄と知りつつ、自分の意見を述べました。あの年取ったろくでもない人物、ベルトンです!
彼は木曜日、こう言いました。「アカデミーは、このようなジャンルの音楽は奨励できないし、奨励すべきでもない。」神も知るとおり、僕の提出作品には、アカデミー的でないものは一つとして含まれていなかったのです。ところが、この人の頭には、僕が音楽界を破壊しにやって来たアッチラ[5世紀にゲルマン諸族を征服したフン族の王]のような人間で、どうあろうと独房に閉じ込め、もしもの時にはギロチンにかけるべき、一種の革命分子だといったことが、固定観念になって刻み込まれているのです。ブルボン王政下ではいつもぺこぺこしていて、今は襟のボタン穴に三色のリボンを二つ( deux rubans tricolores )、帽子には昇る太陽のように大きな[三色]帽章( une cocarde )を付けている、年取ったおべっか使いです。ですから、この仕来(しきた)りのポリニャック[過激王党派の政治家。7月革命の誘因となった反動的・抑圧的な「7月勅令」を起草。]が、評議室を出た後、臆面もなく僕を呼び出して祝意を述べ、愛想笑いを浮かべながら僕の手を握り締めてきたときには、心のなかで思っていることのすべてを彼に浴びせかけてしまうことをどうして堪(こら)えることができたのか分からないくらいです。僕は冷やかに挨拶を返し、握り返さずに手を戻しました。僕は、先生方から様々な祝詞、賛辞の雨を降らされ、情愛を込めた抱擁責めにされました。お人よしのケルビーニは、ル・シュウール先生に、事もあろうに、こんなことを言いました。「まったく大した人物だ。彼は昨年来、大変な努力をしたに違いない。」これほどの盲目を想像できますか?聴き心地のよいメロディを考えただけのことなのに、それを猛勉強の成果と言い、僕が自分の大きさを半分に縮めたことを僕の成長だと考えるとは。
やれやれです。まあ、どうでもよいことですが。
大切なお母さん、素晴らしいお父さん、そして可愛い妹たちにこの成功をいくらかでも喜んでもらうことができたら、僕はとても幸せです。お母さんたちはたぶん、木曜日にモーク夫人の家であったことについて、とても知りたく思っていらっしゃることと思います。可哀そうな僕のカミーユは、ひどく不安な一日を過ごしました。2時には結果を知らせに来られると言ってあったのですが、僕に結果を知らせてくれるはずだったル・シュウール先生が帰ってきたのがようやく6時で、その後ショセ・ダンタンで夕食の約束があったこともあって、8時半になるまで自由になれなかったのです。僕が着くと、彼女は母親の大きな肘掛椅子に身を横たえ、熱に浮かされて真っ赤になっていて、僕にもほとんどものが言えない状態でした。母親が精一杯元気づけてはいたのですが、その母親の懇請にもかかわらず、朝から何も食べていませんでした。いつもはあれほど陽気で、輝いている彼女が!・・・ああ、気の毒な僕の天使、その翼は、ひどく萎(しお)れてしまっていたのです。・・・僕の優美なエーリアル、僕の心の最も奥深いところにある、秘められた一隅に住む、僕の守護精霊、エーリアル・・・この栄冠が彼女を満足させるというのであれば、それは、僕の眼にもかけがえのないものに映ります。それにしても、11月の僕の演奏会で、力強く新しい何ものかを彼女に聴いてもらうこと、つまり、彼女がピアノに語らせることができるように僕もオーケストラを従えることができるところを彼女にみてもらえることは、何と魅惑に満ち、誇らしいことでしょう!ああ、僕は彼女を愛しています!・・・この感情は、言葉に尽くせません。僕が感じていることは、いかなる言葉にも表現することはできないのです。それが出来るのは音楽だけです。他のいかなる言語も、これを行い得るほどには強くも深くもないのです。
モーク氏がもうすぐ来ます。彼の手紙をモーク夫人が僕に見せてくれました。彼はそこで、僕らのことを色々と好意的に書いてくれていました。けれども僕は、オペラ劇場で成功するまでは、カミーユを得られません。彼女の両親がそのことに期待しているのです。
いいでしょう、僕はそれを成し遂げるつもりです。ただ、そのためにはパリに留まらなくてはなりません。ローマへの馬鹿げた旅行を免除してもらうための働きかけをします。内務省に掛け合うのでなく、国王にはっきりと言うつもりです。気さくで、気取りのない人なので、きっと話を聴き、理解してくれるだろうと期待しています。
優しいお母さん、どうか早く返事を書いてください。僕も来週、また書きます。
さようなら、さようなら。
追伸。博物学の本がお父さんに届いているはずです。ずっと前に買って発送しているので。
さて、アデール、幸せにしているかい?ナンシーは、僕の気持ちを分かってくれているだろうか?君たち2人は、僕のためにお父さんとお母さんを、抱擁してあげてくれたまえ。今日は、モーク夫人の家で食事をする。僕の美しいエーリアル(1)が、今晩も一緒に過ごせるよう、[母親から]約束を取り付けてくれたのだ。僕たちは昨日も会っているのだが。
僕が賞賛してやまない作品のひとつ、ウェーバーの美しいソナタを、彼女が弾いてくれることになっている。もういちど、さようなら。

(1)ナンシー、エーリアルは、シェークスピアの『あらし』に登場するプロスペローに仕えている空気の精の名だ。僕は、彼女がまるで大気の小妖精のようにほっそりした優美な姿をしていること、また、その心があるときは陽気にしていたかと思うまたあるときはすっかり沈んでいるといったふうであること、そして、その両目が輝いていることから、この名をカミーユにつけた。(了)[書簡全集172]

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