手紙セレクション / Selected Letters / 1830年5月10日(26歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1830年5月10日
ベルリオーズ医師宛

素晴らしいお父さん、
お手紙、ありがとうございます!何と嬉しい手紙だったことでしょう!そうすると、僕のことを、いくらか信頼してくださるようになっておられるのですね!それにお応えできるとよいのですが!このようなトーンのお手紙をいただくのは初めてです。僕はそのことを本当に感謝しています。大切な人々に名誉となることをすることができたり、喜んでもらえたりできることは、とても幸せなことです。ああ!はい、もちろんです!僕の作品を、お父さんに聴いていただくことができれば、本当に嬉しいです。けれども、パリに旅していただくには、権限を持っている人たちのちょっとした気まぐれで台無しにされてしまうような演奏会ではなく、もっと具体的で確実な計画が必要です!僕はこの1週間、演奏会を広告することについて、警視総監マンジャン氏の許可が下りるのをじりじりしながら待っています。明日、もう一度役所に行かねばならず、それでやっと許可が得られるかどうかが分かるのです。その権限は課長や課長補佐にあるのですが、この人たちが、ただの形式にすぎないことを国家の大事のように扱っているのです。これまで2回の僕の演奏会ではこの手続は取らないでよかったのですが、今回は、夜、劇場での開催なので、ヌヴォテ劇場の経営陣も、警察の許可証を手にするまでは僕と確定的な契約を結ぼうとしないのです。片や、ド・ラ・ロシュフーコー氏も、その気になれば僕の演奏会を中止させることができます。それというのも、この自由の国で、音楽家は、奴隷なみの扱いを受けているからです。他方、僕の演奏会の成功は不確実です。冬季と違い、この時期は人々の音楽への関心が高くありません。多少なりとも音楽の素養のある上流階級の人たちは、みな田舎に出掛けてしまっています。僕の器楽によるドラマの独創性がこんな風に関心をなくしている人たちをわざわざパリに戻って来る気にさせるほど興味を惹くどうかは、疑わしく思っています。さらにもうひとつ、懸念材料があります。それは演奏に関するものです。僕のオーケストラは、処女林に道をつける役目を与えられようとしています。彼らには多くの新しい課題がありますが、それらに加え、最も困難な課題が、感情表出(エクスプレシオン)なのです。特に第1楽章は、熱情に満ちていて、非常に強い感情が表出される音楽なので、僕の意図をオーケストラにすべて教えこみ、彼らがそれらを表現できるようにするためには、指揮者の側に完璧な忍耐力が求められ、また、非常に多くの回数のリハーサルが必要です。ただ幸いなことに、この曲は、『秘密裁判官』序曲(この曲も再演します)以上に難しいということはなく、この序曲は、すでに見事に演奏されているのです。
食事療法については、すでにご助言のとおりにしています。食事は普段少なめにし、紅茶もほとんど飲んでいません。僕はここ数日、オーケストラのパート譜を校正したり、写譜人の仕事の出来映えを点検したり、自分で写譜したりといった仕事にかかりきりです。晩には、ドイツ劇場に出掛けています。劇場監督が心得た人で、こちらからは何も頼んでいないのに、入場パスを提供してくれたのです。僕の演奏会は、驚くべき名歌手、ハインツィンガーに歌ってもらい、それでプログラムを締め括るつもりです。このところ、彼とよく会っています。オペラ『秘密裁判官』(パリでは決して上演できる見込みがない作品です)に彼の声に適した主要な役柄があるかどうか彼が尋ねるので、あると請け合ったところ、この作品がずっと容易に上演出来るドイツに来ればよいと、熱心に勧められました。とはいえ、僕はまだこの作品をドイツ語に翻訳させるだけのゆとりがありません。そこで、いま考えている計画は、次のようなものです。もし学士院の先生方が、僕のことを二つある1等賞のうちの1つを与えるに相応しいと判断したなら、つまり、僕が天国の門を通れる程度に自分を小さくすることができたなら、ということですが、僕はイタリア滞在をできるだけ短くし、そこからハインツィンガーの日頃の拠点、カールスルーエか、あるいはまたパリの作曲家よりはるかに度量の広い信条を表明している有名な作曲家、シュポーアが宮廷楽長をしているドレスデンに馳せ参じようと思っています。そうすれば、僕のオペラを上演するために何をなすべきかを容易に知ることが出来ると思います。お父さんは有名な作家について書いておられますが、その方法はまったく使えません。そんな人物はひとりしかいないのです。スクリーブがその人で、どんなスコアも上演させることできます。劇場監督の人たちは、彼以外の作家を無名作家同然にしか扱いません。僕は、2か月前、オペラ座の審査委員会に『アタラ』のグランド・オペラの台本を満場一致、無修正、無条件で受理してもらっています。最近、僕が貸し出した『秘密裁判官』序曲のスコアを読んだオンスロウが、若者のような熱情をもって(彼は49歳なのですが)オペラ座監督のリュベールのオフィスに押しかけ、僕のことで談判しました。オンスロウは、『アタラ』の台本が僕への作曲委嘱を念頭に受理されていることを知っていたのです。彼は、彼ら[ on 。オペラ座のこと。]が僕に経験させている困難ほどばかげたものはなく、それを取り除いてやることが彼[リュベール]自身の利益になるのだと請け合って、作品の上演の機会を僕に与えるようリュベールに強く迫りました。それほどのことを言われても、リュベールは、ただ次のように応えただけでした。曰く、僕のことは多くの人から聞いている、賞讃する意見もあれば、気が触れていて、頭がおかしくなっていると請け合う者もある。また、僕には信頼すべき実績が何もないとする者[ d’autres qu’il n’y avait aucun fond à faire sur moi ](特にケルビーニ。この人はいままで、ピアノですっかり形を変えられてしまった、学士院コンクール用のつまらない作品を別にすれば、僕の音楽を1音たりとも聴いたことがないのです。)もある。だが、いずれにせよ、僕には『アタラ』の作曲に手を付けないよう手紙で連絡するつもりだ。なぜなら、この台本はたしかに受理はされているけれども、彼[リュベール]としては、オペラ座にこのジャンルを持ち込みたくはなく、上演は望んでいないからだ、と。「そもそも」と、彼は付け加えました。「いつも言っていることですが、私はお金が必要なのです。オベールの音楽以上にお金になるものはありません。彼は人気がありますからな。ですから、オベールとロッシーニがあれば十分なのです。ベートーヴェンとウェーバーが生き返ってオペラを持って来たとしても、私としては、御免蒙(こうむ)りますな。」
フェドー劇場[オペラ・コミック座のこと]は、音楽的な劣化の最終局面にあります。彼らには僕の作品の上演はできないでしょう。劇場監督が破産寸前なのです。新しい劇場が新しい音楽を上演できるように、ぜひともすべきです。こんな忌わしい特権[オペラ・コミック座は、オペラ座とともに、特定ジャンルの作品の独占上演権を保障され、かつ、補助金を受けるなど、政府の手厚い保護を受けていた]は廃止されるべきです。その要求が下院でなされれば、実現するでしょう。あの不意の会期延長がなければ、バンジャマン・コンスタンほか2人が提案を引き受けてくれるところでした。こんなことが納得できるでしょうか、ドイツ人でも、イタリア人でも、要するに外国人なら誰でも、一年のうちのある期間、パリでオペラ劇場を開設できるというのに、ただフランス人だけが、フェドー劇場で作品を台無しにされるか、スコアをただ自分で持っているしかないのです。ヌヴォテ劇場には、軽歌劇の上演や外国人の作品から抜粋した楽曲の演奏に使われている立派なオーケストラと、まずまずのコーラスがあります。それなのに、このはやり歌と仕来(しきた)りの音楽院[オペラ・コミック座のこと]に不安を感じさせようなことはしてはならず、ロンド、ロマンス、デュエットといった類の歌を流行らせるためにすべてを犠牲にしなくてはならず、さらには、この大きな音楽機関[同]がもっている権力にかかわらず、オペラ・コミック座には行くこともない、地方の人たちの負担で補助金を与え、その挙句、劇場監督が2年ごとに破産するのを見なければならないのです。
さあ、それなら、彼らみなに、グランド・オペラであれ、それ以外のオペラであれ、好きなものを上演させて、補助金は一切与えず、好きなように破産させればよいのです!そうすれば納税者もより少ない負担で済みますし、この方法であれば、少なくとも、誰かは金持ちになれることでしょう。
数日うちにまた手紙を書いて、リハーサルが始まったかどうかなど、僕のプロジェクトの状況をお知らせします。
さようなら、大切なお父さん。愛情を込めて抱擁します。
愛する息子、
H.ベルリオーズ(了)[書簡全集160]

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