手紙セレクション / Selected Letters / 1830年1月2日(26歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1830年1月2日
アンベール・フェラン宛

親愛な友よ、
僕は、1週間前、貴君に手紙を書いた。今しがた受け取った貴君の手紙には、その手紙への言及がない。悪路のせいで配達が遅れ、双方の手紙が行き違いになった可能性がある。どうか僕の手紙がまた失われていませんように!
否、貴君がリヨンから送った35フランについて、僕は何の報せも受け取っていない。演奏会が終わってから貴君に送った3通の手紙のうちのひとつで、僕はそのことを貴君に知らせている。やっと来た返事で、貴君はそのことに懸念も驚きも示していないが、してみると、このことについて書いた僕の手紙も、貴君に届かなかったのだろうと思う。デュパールがマレスコに負っている35フランを、僕は、本来なら、ずっと前にマレスコに支払っていたところなのだが、事実は、自分の作品に製版に取りかかってから、僕には、融通できる持ち合わせが、少しもなかった。その後、1月半前に、リヨンから35フランの為替を僕に送ったと貴君が書いてきたので、僕は、それが届いていないことを貴君に知らせる手紙を書き、その為替がどうなったのかについて、報せを待っていた。貴君のひとつ前の手紙で、貴君がこのことにまったく触れていないと知ったときの驚きといったらなかった。
つまり、こういうことだ。
貴君は、以前、『秘密裁判官』の[台本の]原稿を、僕に送った。・・・逸失!
先日は、35フランの為替を送った。・・・逸失!
僕は、郵便局で自ら料金を支払い、手配をして、貴君に、新聞・雑誌の包みを送った。・・・逸失!
貴君は、先日のパリ来訪に先立ち、出発の4日前以後に貴君に返事を出さないよう、手紙で僕に告げた。貴君が[当地で]そのことに触れなかったなら、僕は何も知らないままだっただろう。・・・逸失!
僕は、いまやその行方を僕らが大いに心配している、問題の手紙を、貴君に送った。・・・逸失!
僕は、演奏会の後、貴君に3度手紙を書き、たしかその2通目で、マレスコに支払うべきお金を受け取っていないことを、貴君に連絡した。そのことを知ったとの連絡が、今日になって、やっと貴君から届いたが、それでもなお、それを貴君が知ったのは、僕の連絡によってではなかった。つまり、この手紙もまた・・・逸失!
親愛な友よ、これらすべてに、何としても解明しなければならない、何か尋常ならざるものがある。
マレスコは、このところ、地方に出ている。僕は先日、僕の印刷業者のところでたまたま彼に会ったが、例のお金のことでデュパール氏に手紙を書くと言っていた。仮に彼が当地にいたとしても、僕が彼にそのお金を支払うことは、まったく出来ないだろう。何しろ、いま手許にあるのは、送ってもらった仕送りと、20フランばかりだ。『ギョーム・テル』[ロッシーニのオペラ]の校正の仕事をしたので、数日うちに、トルプナ[パリの楽譜出版社]から、200フランの支払いがあるはずだ。こんな風に、僕はいつも、絵描きより何倍も貧しい、極貧の状態にある。レッスンの生徒は2人だけで、月に44フランの収入になっている。ときどき父から送金があるが、その後、僕が少しばかり自分の生活を快適にする手立てを講じたところで、父の注文が来る。ほとんどの場合、[送金分から]その支払いをしなければならないので、僕の家計は、大いに計画が狂ってしまう。僕は貴君に借財をしている。グネにも、100フラン以上借りている。このような手許不如意の状態にいつもあること、信頼できる友からであれ、借財をしているということ自体、僕にとって、絶え間ない苦痛になっている。片や、貴君のお父さんは、僕に賭博癖があるなどというばかげた考えを、相変わらず持ち続けている。カードに手を触れたことも、賭博場に足を踏み入れたことも、一度もないこの僕に。ご両親の眼には、僕らの交際があまり貴君のためにならないと映っていると思うと、僕は腹立たしさでいっぱいになる。
貴君の『ファウスト最後の夜』は、僕に送らないでおいてくれたまえ。僕の作業の構想は、もう長いこと、スケッチされているのだが、ひとたびそれ[貴君の作品]を手にすれば、僕はきっと、抵抗できなくなってしまうだろうから。僕は、今年の僕の演奏会のために、途方もない器楽作品を作らなくてはならない[ J’ai à faire une immense composition intstrumentale pour mon concert de l’année prochaine. 文字どおりに訳せば「来年の僕の演奏会」だが、書いた後で年が改まったことを、書き手が失念したものと解した。なお、「器楽作品」とは、やがて『幻想交響曲』となる作品のこと。]。貴君には、その演奏に、ぜひ立ち会ってもらいたいと思っている。貴君の『山賊』の歌(見事な作品だと僕は思っている)に、うまく曲が付けられたら、貴君を長く待たせはしない。僕ら[ベルリオーズとグネのこと]はいま、歌曲集を製版中だ。出来上がったら、すぐに貴君に送るつもりだ。貴君に受け入れてもらえるとは限らないが、いくつかは、気に入ってくれるだろうと期待している。[  ce qui ne veut pas dire que vous les recevrez. Plusieurs vous plairont, je l’espère.  ]僕らは、というのは、グネと僕のことだが、これを自費で製版しようとしている。費用は、暫くすれば、回収できるだろうと踏んでいる。貴君は、ホフマンの『幻想物語』は、持っているだろうか?実に奇妙で面白い作品だ![ C’est fort curieux !]
僕らが当地で会えるのは、いったい、いつだろうか?だから、もっと頻繁に、手紙を書いてくれたまえ。お願いだから。
さようなら、貴君を抱擁します。(了)[書簡全集149]

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