手紙セレクション / Selected Letters / 1829年10月30日(25歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1829年10月30日金曜日夕刻
アンベール・フェラン宛

フェラン君、フェラン君、ああ、我が友よ!貴君はいま、何処にいるのだろうか?僕の演奏会の最初のリハーサルが、今朝、行われた。ヴァイオリン42人含め、総勢110人のオーケストラだ!今、レストラン経営者ルマルドレの店で、デザートが来るのを待ちながら、この手紙を書いている。誓って言うが、僕の『秘密裁判官( Francs-Juges )』序曲以上に、とんでもなく恐ろしい音楽は、ありはしない。ああ、フェラン君、大切な友よ、貴君なら分かってくれるに違いない。貴君はいま、どこにいるのか?この音楽は、絶望への頌(しょう)歌だ[ C’est un hymne au désespoir, ]。だが、その絶望たるや、恐ろしく、かつ、多感で[ horrible et tendre ]、そして、想像の及ぶ限り、最も絶望的な、絶望なのだ。僕の途方もないオーケストラは、アブネックが指揮するが、彼は、この作品に、すっかり恐れをなしてしまっている。奏者の人たちにしても、これほど難しい楽曲は、初めてだった。それでも、彼らは、この作品を悪くないと思ったようだ。それというのも、彼らは、この序曲の演奏の後、猛烈に喝采したばかりでなく、いましがたオーケストラが発した叫び声にも劣らぬ、凄まじい叫び声を上げて、僕に襲いかかってきたからだ。ああ、フェラン君、フェラン君、貴君はなぜ、ここにいないのだ?
僕は、これから、オペラ座に、グラス・ハーモニカ[『空気の精たちのコンサート』の演奏用]を探しに行く。今朝運ばれてきたものは、音が低すぎて、僕らの用途に合わなかった。
『ファウスト[の8つの情景]』の6重唱[第3曲『空気の精(シルフ)たちのコンサート』]は、大いに順調に進んでいる。僕の空気の精たち[=6人の独唱者たち。いずれも音楽院の学生だった〜新全集5巻序言参照。]も、とても喜んでいる。『ウェイバリー』序曲は、いまはまだうまくいっていないが、明日も練習するから、最終的にはうまくいくだろう。そして、『最後の審判』[『荘厳ミサ曲』の『レスルレクシト(復活 [と再臨 ] )』のこと。ベルリオーズは、この曲の総譜を、前年(1828年)夏の帰省の際、ラ・コートでフェランに与えている。]は、貴君も知るとおり、和音を奏する4組のティンパニに伴われた、レシタティフ付きだ。ああ、フェラン君、フェラン君、120リュー[1リューは約4キロメートル]も、僕らは、離れている!
・・・僕は昨日、歩けないほど、具合が悪かった。ところが今日は、『秘密裁判官』を僕に書かせた、あの激しい火が、途方もない力を、取り戻させてくれている。僕は今夜も、パリじゅうを走り回らなければならない。ベートーヴェンの協奏曲[ピアノ協奏曲5番]は、並外れた作品だ。驚嘆すべき、崇高な音楽だ!讃嘆の念を、どう言葉にすべきか、分からないほどだ。
ああ、空気の精(シルフ)たちよ!・・・
僕は、『秘密裁判官』[ les francs juges berioz ]で、ピアニシモの大太鼓のソロを演奏した[ Je me suis fait un solo de grosse caisse pianissimo dans les Francs-Juges. ]
Intonuere cavae gemituque dedere cavernae.
[ラテン語。『アエネーイス』2巻53行の、記憶に基づくと思われる引用。(神官ラオコーンが投げた槍が木馬の腹に突き立って震え、木馬の)「洞穴のような胴が反響し、唸りを上げた。」の意~書簡全集注の仏訳、ペンギン英訳を参考に作成。]
要するに、これは、恐ろしい音楽だ!僕が心に抱(いだ)き得る限りの、憤怒と、優しい感情とが、この序曲の中には、ある[ Enfin, c’est affreux ! tout ce que mon coeur peut contenir de rage et de tendress est dans cette ouverture.]
ああ、フェラン君!(了)[書簡全集140]

次の手紙 年別目次 リスト1