手紙セレクション / Selected Letters / 1829年11月3日(25歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1829年11月3日
ベルリオーズ医師宛

大切なお父さん、ご懸念をお持ちにならぬように、はじめにお伝えしますが、この手紙は、僕が[、演奏会を開催し、]演奏家の人たちからも、聴衆からも、熱狂的な好評を得たこと、演奏会の開催経費を賄うことができたこと、その上、150フランの収益まで上げることができたことのご報告です。この演奏会については、あまりにご心配をおかけしてしまうことになるので、事前の報告は控えた方がよいと思いました。最初の演奏会のときに較べると、今回は、苦労がずっと少なかったのですが、それでも、最後のリハーサルが終わったときには、立っていることすらできませんでした。疲労困憊のあまり、自分が疲れていることすら、ほとんど分からないくらいでした。ケルビーニも、今回は、あまり僕の邪魔をせず、納得してくれました。僕が依頼した事項を、はじめ、断わったものの、次の瞬間には、すべて承知してくれたのです。とにかく、演奏会は開かれ、僕の100人のオーケストラを、アブネックが指揮しました。僕の大規模作品[複数]は、リハーサル不足によるわずかなミスは別として、効果てきめんに演奏されました。ただ、『ファウスト[の8つの情景]』の6重唱だけは、奏者たちに覚えてもらう時間も、聴衆に知ってもらう時間も、ありませんでした[ Il n’y a que mon sextuor de Faust que je n’ai pas eu le temps d’aprendre aux exécutants et au public.]
僕は、思いもよらなかった恐ろしい試練にも、直面しました。演奏会では、[フェルディナント・]ヒラー(前にお父さんにお話しした、あのドイツ人の若いピアニストです)が、ベートーヴェンの協奏曲[ピアノ協奏曲5番]を演奏しました。真に途方もなく素晴らしい作品です。そのすぐ後が、僕の序曲、『秘密裁判官』だったのです。至高の協奏曲の効果を目の当たりにした僕の友人たちは、誰しも、僕[の作品]は、助かる見込みがなく、ぺしゃんこになって、壊滅するだろう、と考えました。実のところ、僕も、一瞬、耐えがたい不安を感じました。けれども、序曲の演奏が始まるとすぐに、1階後方席の人たちが感銘を受けている様子に気づき、すっかり落ち着きました。この作品の効果は、ものすごく、恐ろしく、激しいもので、叫び声や足踏みとともに、拍手喝采が、5分近くも続きました。いくらか落ち着きが戻ったところで、僕は、舞台の座席上にあった楽譜の束を取るため、譜面台の間をそっと通り抜けようとしました(オーケストラ席は舞台の上にあったので)。聴衆が僕に気づき、その途端、歓声、ブラヴォーの叫びが、また始まりました。奏者の人たちがこれに加わり、ヴァイオリン、コントラバス、譜面台に弓が当たる、霰(あられ)のような音がしました。僕は、ほとんど気絶せんばかりの状態に陥ってしまいました。不意の突風のようなこの出来事に、すっかり動揺し、ご想像がつくとおり、身を震わせてしていたのです。けれども、僕には、お父さんが欠けていました。これほどの場面に、居合わせた家族は、僕だけでした。皆が僕を抱擁してくれましたが、お父さん、お母さん、妹たちだけが、そこに居なかったのです!・・・
演奏会は、僕の最後の審判のコーラス[『荘厳ミサ曲』の『復活(と再臨)』]で締めくくられましたが、この作品も、『秘密裁判官』と、ほとんど同じくらいの効果を上げました。ただ、コーラスの数が足りず、オーケストラに圧倒されてしまいました。
すべてが終わり、出口には誰もいないと思って外に出たところ、音楽院の中庭で奏者の人たちが僕を待っていました。そして僕が来るのをみるや、さらに素晴らしい歓声が、またも上がるのでした。昨夜は、オペラ座で、僕が楽団席[原語:l’orchestre。「1階席」の意も。]に行くと、奏者の人たちがみなお祝いを言いに来てくれ、さまざまなやり方で、祝意を表してくれました。要するに、僕は、自分でも完全に納得できる、大成功を収めることができたのです。今日は、『フィガロ』紙が、僕の演奏会の記事を載せました。他の新聞・雑誌と一緒に送ります。
僕は、昨日から、絶望的な悲哀に捉われています[ Depuis hier, je suis d’une tristess mortelle.]。いつも泣きたい気持ちで、死んでしまいたいと感じています。この胸の鬱(ふさ)ぎは、以前よりさらに強力になって、僕を襲おうとしているように感じます。睡眠をたくさんとる必要があると思います。
僕は自分の考えをうまく繋ぎ合わせることができません。
さようなら、大切なお父さん。お父さん、お母さん、妹たち、弟を優しく抱擁します。
H.ベルリオーズ(了)[書簡全集141]

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