凡例:緑字は訳注
パリ発、1828年5月12日
芸術局長ソステーヌ・ド・ラ・ロシュフーコー子爵宛
子爵閣下、
ケルビーニ氏が今朝私に語ったところによれば、氏は、閣下に書状を送り、私の演奏会の開催のため王立音楽学校のホールの使用を許可することを思いとどまるよう、進言したとのことでした。私が虚言を弄したに違いないとの疑念を、閣下がお持ちになることのないよう、私としても、自らの身の証しを立てたいと思います。実際、私は、ケルビーニ氏が閣下に陳情することを私に勧めた旨、閣下に申し上げた上で、ホール使用の許可を願い出た訳ですから、閣下としても、当のケルビーニ氏が、今日、私に使用許可を与えることに反対する旨の意見を述べたことを、奇異に感じられたに違いありません。しかしながら、私が申し上げたこと以上に真実であることは他になく、私は、もし、ケルビーニ氏が私に、「それについてはロシュフーコー子爵に申請しなければならない」と、まさしく告げたのでなければ、私がしたように、何通もの手紙で、閣下をお煩わせすることもなかったと、断言できます。
氏が、今朝、私に示した反対の理由は、根拠が薄弱なものばかりです。「シーズンも終わり間近で、誰も聴きに来ないだろうから、貴君は、投下資金を回収できないおそれがある」と、氏は私に言いました。――― 「でも先生」と、私は応えました。「そのリスクを、僕は冒したいのです。」――― 「だが、あのような我々の演奏会の後とあっては、余程のオーケストラを用意するのでなければ、聴衆を印象付けられはすまいよ。」――― 「成功には自信があります。少なくとも、学校のオーケストラと同じくらいには、立派なオーケストラを準備します。」――― 「それだけではなく、こうした演奏会は、学校の授業の妨げになるし、本来学生に与えられるべき時間を、彼らから奪うことにもなるのだ。」――― 「オーケストラのリハーサルは、1回だけにしますし、演奏会も、学校が休みの、日曜日に開きます。」――― 「そもそも、」と氏は、付け加えました。「いま舞台に据え付けられている演奏席は、解体する予定だし、譜面台も、片付けねばならない。」―――「でも先生、あと数日だけ演奏席を残しておいて、僕たちが使えるようにしてくださったとしても、それほどコストがかさむことには、ならないように思いますが。」――― 「まあ、ラ・ロシュフーコーさんが、貴君に使用許可を出されるというのであれば、敢えて反対するつもりはないがね。ただ、私の意見は、氏に書いて送ってある。」
私は、そこで辞去しましたが、辛く悲しい気持ちでした。私は、この王立音楽学校で、ル・シュウール先生とレイハ先生の2つの講座に在籍していて、二重の意味でこの学校の学生の立場にあるというのに、学長のケルビーニ氏は、私の庇護者となってくれようとはせず、それどころか、私の前途に立ち塞がり、私の計画の実現を妨げるつもりでいることを、思い知らされたのですから。
この手紙が間に合わず、すでに閣下が決定を下されていたとすれば、それは、閣下の私に対するご厚情が、属僚の意向で無にされてしまう、二度目の例となります。
3年前、私が[オペラ座の]宗教音楽演奏会で演奏してもらうことを希望していた作品の総譜を見てもらうため、閣下にお願いしてクロイツェル氏に書いていただいた手紙のことを、ご記憶かと思います。閣下の推薦にかかわらず、氏は、作品に目を通してくれもせず、オべラ座は若手のための施設ではないし、新作を練習する時間もないと言って、私の申し出を断りました。ル・シュウール、ガルデル、プレヴォ、ヴァレンティノ、デュボワといった人たちからの口添えも、彼は、聞き入れませんでした。
私はいま、自分がこれまで劇的音楽の分野で自らの名を知ってもらうためのいかなる方途も利用することができなかった経験を踏まえ、その結果として、演奏会の開催を試みることを、希望しています。主要な障害は、すでに克服しました。独唱歌手たち、コーラス、オーケストラは、すべて準備が出来ています。ただ、会場だけは、私の目的に適う場所が、いま私が使用許可を願い出ている施設のほかにないのです。ケルビーニ氏が乗り気でないということのために、私は、ひと月半の時間と労力、400フランの写譜費用を費やした挙句、ただ屈辱と落胆だけを甘受しなければならないのでしょうか?・・・
5月18日の日曜日に準備万端を整えることは、いまではもう出来なくなっています。それに、シャン・ド・マルスで同日に催される競技が、演奏会にひどく悪い影響を及ぼすおそれもあります。そのため、私としては、その次の日曜日、5月25日にホールを使用することを希望します。子爵閣下、どうか願い出をお聞き届けくださるよう、そして、そのご決定をできるだけ早く私にお知らせくださるよう、お願いいたします。閣下のご助力があれば、私は、この窮地を脱することができるのです。
敬具
エクトル・ベルリオーズ