手紙セレクション / Selected Letters / 1826年9月10日頃(22歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1826年9月10日頃
エドゥアール・ロシェ宛

僕はいまオペラ[『秘密裁判官』]を書き上げたところで、あとは序曲を作るだけだ。オデオン座が新作上演の許可を得られることを、これまで以上に願っている。そうなると、[劇場に]作品を受理してもらうため、主要部分を大編成オーケストラで試奏するためのパート譜を、大量に作らなければならない。様々な試練を克服して、作品は、いまや、完成している。それは演奏されるのか?・・・いや、まだだ。ここが難しいところだ。この作品は、聴衆に理解できるだろうか?僕にはそうは思えない。ああ、友よ、何という効果が、この中に詰まっていることか!これ以上すさまじい音楽が前からあったとしたら、僕なぞ悪魔にさらわれてしまえばいい。至る所で僕の前に立ち塞がっている困難が、この作品でぶちまけた怒りの奔流を、僕の中に蓄積したのだ。特に、第1幕の熱狂の2重唱は、憤怒に沸き立っている。もちろん、これは、ここだけの話だ。君が口外してもいいのは、僕が家族から受けている迫害のことだ。父からの仕送りは月50フランになった。少なくとも彼は、来年はそれしか送れないと言ってきた。そして、8月14日には、そういう生活に僕を慣らすため、今年送れるのはこれが全部だといって、100フラン送ってきた。その手紙を読んで、僕は、父がどうするつもりなのかを悟った。仕送りを徐々に減らして、ついにはゼロにするつもりなのだ。だから僕はすぐさま、ブラジルの領事に話をしてもらった。南アメリカに何か期待できる話があるかどうか、知るためだ。彼の返事は、フランス人の演奏家は、ブエノス・アイレス[ママ]の共和国では大金を稼げる、もし僕が移住を望むなら、僕と、彼[領事]にこの話をもちかけ、僕と一緒に発つはずの若者の、2人分の渡航費用を払おう、というものだった。ただし、契約を結んだり、前金を払ったりするつもりはない、とのことだった。ひとつには、それで踏みとどまった。その上、ル・アーヴル[セーヌ河口の港湾都市]まで行く資金が一銭もなかったし、ポルトガル語はまったく知らず、習得に少なくとも4か月必要だ。シャルルとシャルボネルは、僕にこれらの道理を説いた。だが、僕にとっての最大の理由は、こんな風に出発すれば両親がひどく辛い思いをするだろうということと、この渡航は僕のキャリアに重大な遅れをもたらすだろうということだった。第一に、それにはローマ賞を諦めねばならなかった。パリスとシモンが抜けた今、僕が最有力だというのに。少なくとも、ル・シュウール先生は、公正な評価がなされるならば、遅くとも2年のうちに、僕が一等賞を取るに違いないとみている。学士院のいわゆる「選抜(コンクール)」の、賞讃すべき慣例によれば、他の参加者に常に優先して考慮されることになっている、今年の2等賞受賞者を別にすれば、対抗馬は、間抜けばかりだ。第二に、ブレノス・アイレスに行けば、出来上がっている僕のオペラや、これから作ろうとしている作品[複]が、ヨーロッパで決して上演されないリスクに、無残にさらされることになる。という次第で、僕はここに残っている。生徒たちは、みな田舎に行ってしまって、もういない。だが、手許に残っているわずかなレッスン料が、何か仕事がみつかるか、父が送金してくれるかするまでのやりくりを、助けてくれるだろう。僕は、いま建設中の、ヌヴォテ劇場に入ることを考えた。報酬は600フランで、10月中は、何もしなくても給与を払ってくれるという。仕事はコーラスの団員になることなのだが、それがどのようなものか知ってみると、とてもそこまで品位を落とす気にはなれなかった。オペラ座のコーラスも入ろうとしたが、これはたいそう難関だ。ル・シュウール先生も、僕がオペラ座に入ることは望んでいない。音楽面からみても、それは僕にひどく害になる、と言うのだ。もし僕がオペラ座のコーラス団員だと知ったら、人々は、僕の作品を信用しなくなるだろうということだ。先生は、何度も僕に資金援助を申し出てくれた。だが、僕は、いつ返せるか分からないお金を受け取ることはできないし、誰にも借財はしたくない。たとえ相手が先生でも。何か決め手になる打開策を講じるまで、梨、プルーンを食べ、水をたらふく飲んで太るつもりだ。最近、住まいを変え、いまは、ラ・アルプ通り58番地のオテル・ド・ブルジュにいる。シャルボネルと同宿で、隣室同士だ。僕はイタリア語を習っている。歌手たちの[コーチをするために必要な]伴奏法を学ぶため、ピアノがどうしても必要なのだが、借りることも、買うこともできない。ええい、くそっ!だが、これもみな、結局は自分のためだ。さようなら。僕に返事を書き、投函してくれたまえ。
君の一生の友、

H.ベルリオーズ(了)

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