手紙セレクション / Selected Letters / 1824年8月31日(20歳)

パリ発、1824年8月31日
父ルイ・ベルリオーズ医師宛

愛するお父さん
お父さんの手紙を読んで、僕がどんなに驚き、悲しんだかは、ここに書くまでもなく、分かっておいでのことと思います。お手紙のなかの冷たい言葉は、お父さんの本心ではないだろうと思います。アルフォンスに残した手紙に、なぜそれほどご気分を害されたのか、理解できません。あの手紙に書いたことは、これまで何度となく、お父さんに話したり、手紙でお伝えしてきたことばかりです。両親のことを人に話す際に持つべき、息子としての愛情や敬意に欠けていたとも思えません。
僕は、偉大な職業(芸術家という職業には、それ以外の形容はできません)に、否応なく、引きつけられています。破滅に向かって進んでいるのではありません。なぜなら僕は、自分の成功を信じているのです。そうです、信じているのです。いまは謙遜している場合ではありません。自分がいい加減なことを言っているのではないことを、お父さんに分かっていただく必要があります。僕は、自分が音楽の分野で名声を得ることができることを、確信しているのです。すべての外部の状況が、そのことを示していますし、僕の内面では、自然の声が、どんなに強力な理性に基づく判断にも、勝っているのです。お父さんの支援さえあれば、考え得るすべての可能性が、僕の前には開けています。僕は、若いうちにスタートをきっていますし、他の多くの人のように、レッスンで生計を立てていく必要もありません。既に一定の知識を持っており、その他の知識についても、将来さらに深めていけるだけの基礎は身に付いています。そして、僕は確かに、これまで非常に強い感情を経験してきていて、それは、それらを描き、それらに何かを語らせるということが課題になるたびに、そのための言葉に何の迷いも感じないほどのものなのです。
成功できなければすぐに餓死してしまうような境遇なら(実をいえば、たとえそうだったとしても、僕は頑張るつもりなのですが)、お父さんの言い分や懸念にも、幾らかは理由があるといえるでしょう。しかし、そのような状況では全くないのです。僕は、少なく見積もっても将来2000フランの定期金は期待してよいに違いないと思いますが、1500フランでも十分やっていけますし、1200フランでも、音楽からの収入を一切あてにしないで、生活できるのです。結局、僕は、音楽で名をなし、この地上に自分が存在した証(あか)しを残したいのです。この思いは、それ自体、この上なく名誉ある、高貴なものですが、僕は、その思いがとても強いので、若さの盛りにいるいまの自分のことより、死後、グルックやメユールのようでありたいと望んでいるのです。有名な作曲家マルチェロも、そういう志を抱きましたが、彼は、自分がヴェニスのドージェ(元首)の息子であったがために、並の芸術家が直面するよりも、遥かに強い偏見を乗り越えなければなりませんでした。彼の父親は、自分にも家族にも不名誉をもたらすような職業に息子を就かせるくらいなら、大洋の底にでも沈んでもらう方がましだと思ったのです。けれども、もし、息子が崇高な教会音楽の作曲者となって、家名を不滅のものにしなかったら、同名のドージェがいたことなど、今日誰が気に留めるでしょうか。彼の音楽は、今日に至るまで、イタリアとドイツの大きな教会で演奏され続けているのです。
お父さんがしばしば挙げる反対理由として、古代言語や数学に明るいル・シュウール先生に比べ、僕の音楽以外の知識が非常に少ないことがあります。けれども、昨日も先生が仰っていましたが、それらは、他の人と同じように学校で学んだ、一般的な知識だったのです。学校を出てから長い時間が経った後、一定の分野の知識が音楽と関係していることに気づき、それを深めていったのです。つまり、先生は、まず偉大な作曲家になり、それから、学識ある作曲家になったわけです。だから、僕の当初の学習計画にギリシャ語、ヘブライ語、数学が含まれていないからといって、それが、僕が音楽に専念することで切り開こうとしているチャンスを、大きくしたり小さくしたりすることは、ないのです。
僕の考え方、僕のありようは、以上のとおりです。この地上の何ものも、これを変えることは、できないでしょう。お父さんは、僕への仕送りを全部打ち切って、僕にパリを離れさせることもできますが、そうはなさらないだろうと思います。僕の人生の最良の時間を失わせ、磁石の針が北極に引き付けられるのを防げないからといって、それを折ってしまうようなことは、なさらないだろうと思います。
さようなら、愛するお父さん。この手紙を読み返してください。感情にまかせて衝動的に書いたものとお取りにならないでください。たぶん僕は、いま以上に冷静だったことはないと思います。
愛情を込めて、お父さん、お母さん、妹達を抱擁します。
お父さんを尊敬し、愛している息子、

H.ベルリオーズ

追伸 シャルルは元気にやっています。(了)[書簡全集31]

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