出所:BnF/Gallica (蔵書番号 Yth22123)。詳細は「説明」参照。
文献上の呼称:PRINTED LIBRETTO(作品カタログ2.1 .p.136)、PL1(NBE7 p.186)、Version 5, PProg4(『幻想交響曲』プログラム NBE16 p.167)
凡例:緑字は訳注
[表紙(Source : BnF/Gallica)]

『生への帰還』
メロローグ
『幻想交響曲』続編
標題:
『ある芸術家の生のエピソード』
語り・歌詞・音楽:エクトル・ベルリオーズ
(イタリアの山中にて ― 1831年6月)
———
発行
リシュリュー通り97番地
モーリス・シュレザンジェ
———-
1832年
[扉(Source : Gallica)]

[扉の題辞]
なるほど、種々の大望を抱いた末に挫折し、
情熱も髪も失ったご老体でも、
僕の魂(そこには僕の思索がひとつの宇宙のようになって宿っている)を、
僕の苦悩したことのすべてを、
僕の企図したことのすべてを、
生(な)らなかった実(み)のように僕を欺(あざむ)いたもののすべてを、
過ぎ去ってしまい、2度と訪れることの望めない、僕の人生の最良の時代を、
僕の青春時代の恋愛を、学業を、身内の不幸を、そして、
それでもまだ未来が輝いていた頃にその全てのページが書かれた僕の心の本を、
もし知れば、きっと1人ならず
水底の影のように色を失うに違いない。
(ヴィクトル・ユゴー)
[詩集『秋の木の葉( Les feuilles d’automne )』(1831年)所収「今世紀は2歳だった!」の一節。詳細は「説明」2参照。]
[1ページ(Source : Gallica)]

[凡例:茶字は資料5(『レリオ』[1855年])に改めるに当たり削除又は変更された表現]
この作品は、『幻想交響曲』を完結させ、補完する( [être] la fin et le complément )もので、『幻想交響曲』の直後に演奏することが想定されている。タイトル[「メロローグ」]の示すとおり、音楽とスピーチの混合から成り、演劇として上演する( exécuter dramatiquement )ことも可能である。その場合には、姿を見せないオーケストラと歌手たちは、舞台上の、幕( la toile )の背後に配置されなければならない。前舞台( l’avant-scène )[舞台上の、幕の観客側。エプロン]で言葉を話し、行動するのは、俳優一人だけである。彼は、最後のモノローグ[独白]を終えたところで退場する。幕( le rideau )が上がり、フィナーレの奏者らの姿が見えるようになる。演劇として上演する場合、芸術家の役を演じる俳優が歌の素養と朗読の素養を兼ね備えていることが求められる。彼の声はテノールである( sa voix est le premier ténor )。加えて、舞台裏で( derrière la scène )バラードを歌うテノール1名、山賊の首領の役を歌う力強いバス・ターユ( basse-taille )[滑らかな旋律を歌うのに適したバス〜参照:小学館ロベール仏和大辞典]1名が必要である。
[2ページ (Source : Gallica)]

[凡例:青字は資料1(1830/4/16付フェランへの手紙)の表現が受け継がれている箇所。橙字は資料3(1834年[推定]のプログラム)に受け継がれていない表現。]
ある芸術家の生のエピソード
( Épisode de la vie d’un artiste )
五つの楽章より成る幻想交響曲
エクトル・ベルリオーズ作
1830年12月5日パリ音楽院にて初演
———————-
プログラム
作曲者は、ある芸術家の生(せい)のいくつかの局面を、それらが持っている音楽的な面において展開することを意図した( Le Compositeur a eu pour but de développer, dans ce qu’elles ont de musical, différentes situations de la vie d’un artiste. )。器楽によるドラマは、歌詞による支援を受けることができないから、あらかじめその筋を説明しておく必要がある( Le plan du drame instrumental, privé du secours de la parole, a besoin d’être exposé d’avance. )。以下に掲げるプログラムは、それゆえ、オペラの[歌われるのではなく]語られるテクストのように、音楽の各構成部分を導き出す役割を果たすものであり、各楽章の性格や感情表出の理由を説明するものである( Le programme suivant doit donc être considéré comme le texte parlé d’un opéra, servant à amener des morceaux de musique, dont il motive le caractère et l’expression. )。
夢 ― 情熱
(第1楽章)
作者は、ある有名な作家が「漠然とした情熱( le vague des passions )」と名付けた、あの心の病( cette maladie morale )に罹(かか)った、ある一人の若い芸術家が、彼のイマジネーションが思い描いていた理想の存在の魅力をすべて備えた一人の女性を初めて見出し、狂おしく心を奪われたと想定した。たいへん奇妙なことに、その大切なイメージ( l’image chérie )は、ある一つの楽想( une pensée musicale )と結びつくことなくしては、決してその芸術家の思惟に登場することがなく、彼はその楽想の中に、彼がその愛する人のものであると考える性格と同じ、ある種の、情熱的であり、それでいて高貴で内気な性格を見出すのである。
この水面に映る影のような旋律は、その影の元である大切な女性のイメージとともに、2重の固定観念(イデ・フィクス)[「固定楽想」とも訳せる。]となって絶えず彼につきまとう( Ce reflet mélodique avec son modèle le poursuivent sans cesse comme une double idée fixe. )。これが、最初のアレグロの冒頭の旋律が交響曲のすべての楽章に一貫して登場する( l’apparition constante )理由である。あの物悲しい夢想の状態が、幾度かの理由のない喜悦の高まりに遮られつつ、怒りや嫉妬の衝動、優しい愛情の帰還、落涙等を伴う、ある一つの惑乱した情熱の状態へと変化する様子が、第1楽章の主題である(Le passage de cet état de rêverie mélancolique, interrompue par quelques accès de joie sans sujet, à celui d’une passion délirante, avec ses mouvements de fureur, de jalousie, ses retours de tendresse, ses larmes, etc., est le sujet du premier morceau. )[このセンテンスの「等(etc.)」は1830/4/16フェランへの手紙に由来]。
舞踏会
(第2楽章)
主人公の芸術家は、祝宴のざわめきの中と、自然の美しさの静かな観察という、彼の生における全く異なる[二つの]場面の中に配置される。だが、街中にいても、野中にいても、どこにいても、あの大切なイメージが彼の前に現れ、彼の心に動揺を引き起こす。( L’artiste est placé dans les circonstances de la vie les plus diverses, au milieu du tumulte d’une fête, dans la paisible contemplation des beautés de la nature ; mais partout, à la ville, aux champs, l’image chérie vient se présenter à lui et jeter le trouble dans son âme. )
野の情景
(第3楽章)
ある夕べ 、彼は田舎に居て、遠くで2人の牧童が牛追い歌で対話するのを聴いている。牧歌的な2重唱、その情景の場所、風にそよぐ木々の葉の音、少し前から彼が抱いている希望に幾つかの理由があること( quelques motifs d’espérance qu’il a conçus depuis peu )、これらのすべてが相俟って、彼の心に落ち着きを取り戻させ、彼の考えに明るい色調をもたらす。彼は、自らの孤独について考え、近いうちに独りではなくなることを期待する。・・・だが、もし彼女が裏切ったら?( Mais si elle le trompait ! )・・・こうした期待と不安の混合、幾つかの不吉な予感によって曇らされた幸福への展望が、このアダージョの主題である。( Ce mélange d’espoir et de crainte, ces idées de bonheur troublées par quelques noirs pressentiments, forment le sujet de l’adagio. )最後に、牧童の1人が牛追い歌を再開する。相方はもう応えない・・・。遠い雷鳴・・・孤独・・・静寂・・・
刑場の行進曲[「死刑(拷問)の行進(曲)」とも訳せる](MARCHE DU SUPPLICE)
(第4楽章)
主人公の芸術家は、彼の熱愛する女(ひと)は彼の愛に応えないばかりか、彼の愛を理解する能力を持たず、さらには彼の愛を受ける資格もないと確信するに至り、阿片で服毒自殺する。その麻薬の服用は、彼を死に至らしめるに足りず、非常に恐ろしい幻影を伴う眠りに落とす。彼は、自分が愛する人を殺(あや)め、有罪を宣告されて刑場に連行され、自らの処刑に立ち会う夢を見る。行列は、ある時は暗く残忍な、またある時は輝かしく荘厳な行進曲に乗って進む。そこでは、ひどく騒々しい大音響のすぐ後に、重い[この語( grave)には「低音の」の意も]歩みの鈍い音が続く( dans laquelle un bruit sourd de pas graves succède sans transition aux éclats les plus bruyants. )。行進曲の最後に、固定観念の冒頭の4小節が、また現われる。死に至る一撃で断ち切られる、愛する人への最後の想いのように。
サバトの夜の夢
(第5楽章)
彼は、彼の葬儀に集まった様々な種類の亡霊、魔法使い、怪物たちのおぞましい群れに囲まれ、サバト[中世伝説上の魔女集会:14〜16世紀頃魔女や魔法使いが魔王崇拝のために催した秘密の祭礼〜小学館ロベール仏和大辞典]に加わっている自らの姿を見る。異様な物音、うめき声、爆笑、遠くに聞こえる叫び、それに応えるかのような別の叫び。愛する女性のあの旋律がまた現れる。だが、その旋律は、高貴さ、内気さという、その性格を失っている。それはいまや、品のない(ignoble)、通俗的で(trivial)異様でこっけいな(grotesque)踊りの歌にすぎない。あれはサバトにやって来た彼女だ・・・その到着に歓喜の叫びが上がる・・・彼女は邪悪な乱痴気騒ぎに加わる・・・弔いの鐘、『怒りの日( Dies irae )』(原注)の滑稽なパロディ、サバトの輪舞(ロンド)。サバトの輪舞と『怒りの日』の同時進行( La ronde du sabbat et le Dies irae ensemble. )。
原注/カトリック教会の葬儀で歌われる典礼歌。
[7ページ (Source : Gallica)]

[凡例:茶字は資料5(『レリオ』[1855年])に改めるに当たり削除又は変更された表現]
生への帰還
メロローグ
(芸術家)(まだ弱々しく、足がふらつく状態)
何と!僕はまだ生きている・・・してみると、これは、現実なのだ。生は、一匹の蛇のように、僕の心に滑り込んできたのだ。それをもう一度引き裂くために。・・・だが、よしんばあの不実な毒が僕の絶望を裏切ったにせよ、どうして僕は、あれほど恐ろしい夢に抗うことができたのだろう?・・・僕を捕らえ、猛烈な力で締め付けていた、あの鉄の手に、僕はどうして砕かれてしまわなかったのだろうか?・・・処刑場、判事たち、刑の執行人たち、兵士たち、群衆の騒々しい叫び、キュプロクス[ギリシャ神話の一眼の巨人]の槌(つち)のように僕の心臓に打ち下ろされてきた、あのリズミカルで重い足音・・・
あの女(ひと)の姿が見え、声が聞こえる。ああ、あの女(ひと)の!・・・その女(ひと)はいま、おぞましい生き物たち( êtres infâmes )に囲まれてその愛撫に汚され、自らの容色の衰えに微笑している。彼女の恥知らずな舞踏。乱痴気騒ぎの大声の中でひときわ高い、バッカスの巫女のような、彼女の声。それして、あの鐘の音!地獄の悪魔( l’enfer )が無礼なバロディに仕立てるべく教会から借用してきた、あの敬虔にして冒涜的( religieux et impie )、不吉にして滑稽( funèbre et burlesque )で、冷やかすような死の歌( ironique chant de mort )!・・・さらには、依然としてあの女(ひと)が、絶えずあの女(ひと)が説明のつかない笑みを浮かべ、僕の墓の周囲を回る地獄の輪舞( la ronde infernale )を先導している。
何という晩だ!・・・この責め苦の中、僕は叫び声を上げたに違いない。ああ、ホレイショー、彼は、僕の声を聞いただろうか?・・・否(いや)。彼に遺した別れの手紙が、まだここに残っている。彼が入って来ていたら、持ち去ったはずだ。それに・・・(ピアノの音〜バラードの前奏)ああ、聞こえる。静かに、穏やかに、彼はもうピアノを弾いている。彼は何も知らずにいる。
(舞台の後ろから、ピアノの伴奏で次の詩節を歌う声が聞こえてくる)
[第1曲 バラード『釣り人』]
第1連
波は震え、波は揺れ、
岸辺に一人の釣り人がいる。
美しい湖の魅力が
彼の心に穏やかな愁(うれ)いを呼び起こす。
かろうじて彼は見、かろうじて彼は操る
波の上をさまよう釣り糸を。
澄みきった湖の上に、突然、
水のニンフが現れる。
(芸術家)
間違いない、あれは5年前、ホレイショーが訳し、彼の気に入るように僕が曲を付けた、ゲーテのバラード、『釣り人』だ。あの頃、僕らは幸福だった。彼の身の上に変わりはない。だが、僕の方は・・・
(歌声が続く)
第2連、第3連
彼女は語る、優しい声で、
彼女は歌う、優しい声で。
そして若い釣り人は耳を傾けた、
己が身を守ろうともせず。
「我が掟(おきて)の下(もと)、幸多き臣民の
心地よい暮らしを知れば、
汝もまた彼らの定めに倣(なら)い
我が許で生きることを望むだろう。」
「美しい陽の光が
我が紺碧の波間(なみま)に沈むのを見よ。
月の女神( Phœbé )が
我が波間を好み、至純の輝きを放つのを見よ。」
「雲一つない青空が
どれほど美しく我が水面(みなも)に映えるかを見よ。
最後に見よ、水底から汝に微笑みかける
汝自身の姿を。」
第4連
(一段と感情表出的に歌われる)
(chanté avec plus de mouvement et d’agitation.)
波は震え、波は揺れ、
いまや釣り人の足下を浸す。
彼は自らを誘う声を聴き、
人を欺くその魅力に屈する。
彼女は語った、優しい声で、
彼女は歌った、優しい声で。
彼は無意識に、己が身を守ろうともせず、
ニンフの後を追い・・・姿を消す。
(芸術家)
何と奇妙な偶然の一致だろうか!・・・僕の逃れ得ぬ正気の喪失へのはっきりとそれと分かるこの遠回しな言及、この音楽、それを歌う声、それらすべてが「芸術と友情のために、なお生きよ」と、僕に告げているようではないか?
だが、生きろとは!・・・僕にとって、生きるとは、苦しむことだ。そして、死ぬことが、安らぎなのだ。・・・ハムレットのあの[生と死、どちらを選ぶべきかの]迷いが僕を悩ませることはほとんどない。僕は、「生の煩わしさから解放されたとき、我々はどんな夢を見るのか」[『ハムレット』3幕1場、「生か死か、それが問われている」で始まるハムレットの独白の一部( in that sleep of death what dreams may come when we have shuffled off this mortal coil )の仏訳。英語原典のテクストは大場『ハムレット』に拠る〜次注において同じ]を詮索するつもりもないし、「いかなる旅人もそこから帰ってきたことのない未知の国」[同じ独白中の別の箇所( the undiscovered country, from whose bourn no traveller returns )の仏訳]の地理が知りたいとも思っていないのだ[ハムレットは、この独白で、これらのことが誰にも知られていないことが、人々が死を選ぶことをためらう理由だと述べている。したがって、これらのことに無関心な「芸術家(僕)」には、死をためらう理由がないのである]。・・・『ハムレット』!何もかも見透かした、厄介な作品だ( profonde et désolante conception )。どれほどの苦痛を僕に与えたことか!ああ!それはまさにこういうことなのだ、シェークスピアは、僕という存在を真っ逆さまにひっくり返す一種の革命を、僕の心に引き起こした。[トマス・]ムーアが、その悲しい抒情詩集( ses douloureuses mélodies )[『アイルランド歌曲集( Irish Melodies )』のこと]で『ハムレット』の作者の成し遂げた仕事を仕上げるべく、登場した。こうして彼の微風( le zéphyr )[ムーアの作品のこと]が、火山活動の揺れ[シェークスピアの芸術がもたらした衝撃のこと]で倒壊した神殿[芸術界の既成の権威のこと]の廃墟に甘く囁き、神殿の残骸に少しずつ砂をかぶせていき、ついにはその最後のひとかけらに至るまで、すべて消し去ってしまった。
それでも僕は、この作品[『ハムレット』]に幾度となく立ち返る。その恐るべきインスピレーションに魅了されてしまったのだ。・・・何と見事で、真実で、強烈な印象を与えるのだろう、若いハムレットに彼からその父[ハムレット前国王]を[殺害して]奪った[若いハムレットの叔父、クローディアス現国王の]犯罪を明かす[前]国王の亡霊の、あの言葉( ce discours )[1幕5場]は!この場面( ce morceau )は、壮大で陰鬱な性格に満ちた音楽の題材にすることができるだろうと、僕はいつも思っていた。僕は今、猛烈にそれを実行する気になっている。( Je n’y suis que trop bien disposé en ce moment. )・・・激しく集中して音楽を考える( penser la musique si fortement )ことで想像上の奏者たちを言わば意のままにし、その演奏があたかも本当にそれを聴いているかのように僕の心を動かすようにするという、僕の授かった特別な能力が、僕の意思と無関係に( malgré moi )働きはじめるのを、既に感じている。それは、多くの場合、熟考がもたらすが、ときには、燃え上がる僕のイマジネーションによってもたらされることもある。そうなると、空想上のオーケストラが雷のように走り出し、その動きを抑えることは、僕にはできない。(彼は沈思する)ここでは・・そう・・・こんなものが必要だ。鈍くこもったオーケストレーション・・・ゆったりと進行する不気味なハーモニー・・・不吉なメロディ・・・未知の世界で我々に理解できない奇妙な言葉で発された大きな声のような・・・和声のない、オクターブのコーラス( un chœur sans harmonie, par octaves … en langue étrange, semblable à une grande voix émanée d’un monde inconnu, incompréhensible pour nous )。
第2曲 怒れる亡霊たちのコーラス
コーラスとオーケストラ
[次の13行の歌詞は、ベルリオーズの考案した架空の言語で書かれている]
O sonder foul, sonder foul leimi,
Sonder rak simoun irridor!
Muk lo meror, muk lunda merinunda
Farerein lira moretifsò. O sonder foul!!!
Rake liri merinunda, fime lotou lirirein
Sonder rak simoun irridor,
Muk lo meror, muk landa merinunda
Ni farerein lira moretisfò.
Nir mulich dotos!!! Fime nerina,
Fereno riko lu lu chun nerino,
Faretra sitti sitti mombo
Irmensul for gas meneru,
Sol Irmensul for gas meneru. [原注](1)
[原注](1) 北方の古い方言
(芸術家)
ああ、シェークスピア、シェークスピア!その初期を世に知られずに過ごし、その来歴のオシアン、ホメロスと同じくらい不確かな貴方( toi )よ、何とまばゆいばかりの足跡を、貴方の天才は残していることか!小人(こびと)の世界に行き当たった巨人のように、何と僅かにしか、貴方は理解されずにいることか!確かに、貴方を熱愛する有力な民族も、一つはある( un grand peuple t’adore, il est vrai ; )。だが、他の多くの民族が、貴方を侮辱している。一方では貴方を貶(けな)しておきながら他方では貴方の至宝から盗作していた三文文士たちの言葉を真(ま)に受け、貴方の作品を知りもしない人々が、貴方を野蛮だと非難しているのだ。・・・あろうことか、『ロミオ』、『コリオレーナス』の作者、デズデモーナ、オフィーリア、ジュリエット、コーディリアといった魅力的な登場人物たちの創案者、あの素晴らしいエーリアルの父である貴方を、野蛮とは!・・・
ベートーヴェンにも、同じ運命が待っていた。ある素晴らしいオーケストラ[パリ音楽院演奏協会のこと。回想録20章参照]が、彼の驚くべき交響曲の存在をフランス国民に知らしめ、その優れた手腕で最も頑迷な者たちにさえこの偉人の像で頭を垂れさせるまでは、人はまさに言いたい放題だったのだ( que n’avait-on pas dit ? )。何と多くの声高な非難が、何と多くの罵詈雑言が浴びせ掛けられていたことか。今日でさえ、ピアノ向けに書くことで、彼がいわばまき散らした、驚くべき数の素晴らしい作品群( compositions qu’il jeta, pour ainsi dire, au vent, en les écrivant pour le piano )のことを、世人は知っているだろうか?燃える心から湧き出る自然な感情、深遠にして崇高な瞑想。そこでは、作者の天賦の才が、天空を舞いながら、なお、地上の苦しみの物悲しい記憶を留(とど)めているように感じられる・・・人に真価を認められることも、ほとんど知られることすらもないまま・・・。大多数の演奏家はこれらの作品群を演奏することができず、それができる者も、そうすることを望まない。曰く、「聴衆に受けなければいけない。ベートーヴェンでは退屈させてしまう」と。そう、感受性もイマジネーションもなく、頭が散文的で、心が乾いて冷たい人たちなのだ。・・・残念ながら、流行の世界にはこんな人たちが大勢いて、彼らはその上、自分たちに向けられたものでは決してないものを裁く立場に立つことを望んでいる。
だが、天才の最も残忍な敵は、幾多の新思想を、目に付く限り彼らの愚かな女神に生贄(いけにえ)として捧げていたに違いない、あの仕来(しきた)りの神殿の住人たち、神懸かった神官たちだ( Mais les plus cruels ennemis du génie sont ces habitants du temple de la routine, prêtres fanatiques, qui immoleraient à leur stupide déesse une hécatombe d’idées neuves, s’il leur était donné d’en découvrir jamais. )。万事を調停したがり、対象を冷静に取り扱っていることを理由に自分たちが諸芸術を正しく論じていると思い込んでいる、あの保守主義者たち( ces modérés )よ、そして就中(なかんずく)、独創的な作品に厚かましくも手を加え、恐ろしい改変被害を引き起こしておきながら、自らの行いを「修正( corrections )」だの「アレンジ( arrangements )」だの(原注)と称し、それをするには「大いにセンスが必要です( il faut beaucoup de goût )」などと宣(のたま)わっている、あの冒涜者たちだ。[こんな連中は]呪われてあれ!( Malédiction ! )イマジネーションの豊かな世界の精華に襲い掛かろうと、役立たずの虫どもがぶんぶんと羽音を立てて飛んで来るのを見ていると、僕は彼らを、公園に住みつき、この上なく美しい彫像の上に尊大に止まっている、あのうっとうしい鳥たちに例えずにはいられない。彼らはそうして、ユピテルの額、ヘラクレスの腕、ビーナスの胸を自分たちの排泄物で汚しては、満足し、誇らしげに、気取ってみせる。まるで金の卵を産みでもしたかのように。ああ!そんな人間たちで作られた社会は、芸術家にとって、地獄より、もっと悪い。(不機嫌な興奮を募らせながら)僕はいっそ、ナポリ王国かカラブリアに行って、かの地の無法者の親分に、たとえ一介の山賊に身をやつさなければならないにしても、働き口をもらおうと思う。そう、それこそが僕に相応しい。詩的な縁起かつぎ、守護者マドンナ[聖母マリア]、洞窟内に積み上げられた豪奢な略奪品。激しい不安と嫌悪に身を震わせ、髪を乱した女性たち。恐怖の叫び声の重唱。伴奏は、騎兵銃、サーベルに短刀、血と「ラクリマ・クリスティ」[イタリアのベズビオ山麓で栽培される白ブドウで造ったワインの名。「キリストの涙」を意味するラテン語から。〜小学館ロベール仏和大辞典]、地震に揺らされ、あやされながら流れる熔岩のオーケストラだ。さあ行こう、これが人生だ!
原注/かの偉大な詩人( du grand poëte )[シェークスピアのこと]の諸作品が英国においてさえアレンジされていることに関し、バイロンが「シェークスピアとドライデンのサラダ( une salade de Shakespeare et Dryden )」と呼んだところのものを見よ。[ salade の語には「(話などの)混乱,支離滅裂;もつれること」の意味があり、心理学において「言葉のサラダ」と言えば「了解不能な断片的単語の羅列」を意味するという〜出所:小学館ロベール仏和大辞典(他に「mettre tout en salade いっさいをごたまぜにして話す」等の用例が示されている)。]
第3曲
山賊の暮らしの情景
独唱、合唱及び管弦楽
―――――
調子を整えた散文で書かれた歌
( Chanson en prose cadencée. )
第1連
(首領)
もうあと百年俺は生き
豊かに楽しく暮らすのさ、
J’aurais encore cent ans à vivre,
Cent ans et plus, riche et content,
法王様や大きな国の長(おさ)よりも
山賊暮らしが一番だ。
J’aimerais mieux être brigand
Que pape ou maître d’un empire !
さあ山へ、者ども山へ出発だ!
A la montagne, amis, partons !
(コーラス)
出発だ!
Partons.
(首領)
隠修士様のミサ聴いて、
L’ermite nous dira la messe,
それから皆で飲み干そう、
俺の姫君(あのこ)に乾杯だ、
彼女の情人(おとこ)の髑髏(どくろ)の杯で。
puis nous boirons à ma princesse,
dans le crâne de son amant.
第2連
(コーラス)
ほらご覧、慰めてくれる騎士殿を
返して欲しいと泣いて言う、
美しい姫君(ひめぎみ)たちのあの涙。
Allons, ces belles éplorées
Demandent des consolateurs ;
涙を拭いて捧げよう、
その首飾りはマドンナに。
sèchons leurs pleurs et consacrons
tous leurs colliers à la Madone.
老隠者様が待っている。
行かねばならぬ告解に。
Le vieil ermite nous attend ;
nous devons aller à confesse,
それから皆で飲み干そう、
我らが姫君(ひめ)に乾杯だ、
彼女の情人(おとこ)の髑髏の杯で。
puis nous boirons à nos princesses,
dans le crâne de leurs amans.
第3連
(首領)
俺の姫君(ひめぎみ)駄々こねる
山賊の頭(かしら)の情婦(いろ)は嫌だとさ。
La mienne ne voulait pas
suivre un capitaine de brigands.
(コーラス)(爆笑する)
ハ、ハ、ハ、ハ!
(首領)
俺の姫(おんな)は泣き叫ぶ
「わが騎士殿はもういない、
私も死んでしまいたい」
少しも構わず連れて去る。
Le prince est mort, le prince est mort,
je veux mourir, s’écrirait-elle ;
malgré ses cris nous l’emportons.
(コーラス)
連れて去る!
Nous l’emportons.
(首領)
明日(あす)には聞き分けよくなって
やがて飲み干す言うがまま、
その娘(こ)の情人(おとこ)の髑髏の杯で。
Le lendemain un peu moins fière,
je la fis boire la première dans le crâne de son amant.
第4連
(首領と子分たち皆)
操正しい小鳩さん[ハトは優しさ、純潔等の象徴〜小学館ロベール仏和大辞典]、
貴女(あんた)の騎士はもういない。
つまり彼らは負っていた
貴女のために死ぬ宿命(さだめ)。
Fidèles et tendres colombes,
Vos chevaliers sont morts. Eh bien !
Mourir pour vous fut leur destin,
もうすぐ貴女は笑うだろう
仲間の皆と楽しげに。
bientôt vous rirez avec d’autres.
一つのことにこだわらぬ
女心は皆が知る、
そう明日(あした)には皆で飲む
貴女の情人(おとこ)の髑髏から。
Vous aimez tant le changement : nous connaissons le cœur des femmes, oui demain nous boirons ensemble dans le crâne de vos amans.
トラ・ララ・ラララ
さあ山へ・・・
老隠者様が待っている。
Tra, la, la, la, la, ra, la, la, la, la. A la montagne…
Le vieil ermite nous attend.
(子分たち)
お頭、準備はできました・・・
我らは貴方について行く。
Capitaine, nous sommes prêts, …
nous te suivons.
(皆で)
さあ行こう!!
今こそ山へ出発だ・・・
Allons !!… à la montagne…
(芸術家)
何と不確かに僕の思惟( mon esprit )の流れ漂うことか!・・・今、僕は、あの激烈な世界から、この上なく人をうっとりさせる夢想へと移ってきた。甘い希望の輝きが生気を失った僕の頬を照らし、それを再び天へと向けさせる。・・・僕は、愛に飾られた未来の自分を思い描く。愛する人の手で押し戻され、地獄の扉は、元のとおりに閉じられた。僕は、前より自由に呼吸している。心は、ある耐え難い苦悩になお震えながらも、幸福に満たされていく。頭上では、青い空が星で飾られる。心地よい微風が、大切な女(ひと)の声の神秘的なこだまのように感じられる妙(たえ)なる調べを、遠くから運んで来る。憤怒と絶望とに泣き濡れて、今なお熱い僕の瞼を、優しい愛情の涙が、ついに冷ましに来てくれた。僕は、幸福だ。そうして僕の天使は、自らの成し遂げたことに驚き、微笑んでいる( et mon ange sourit en admirant son ouvrage ; )。しとやかに伏せられた黒く長い睫毛の下で、彼女の高貴で澄んだ心が、きらきらと輝いている。彼女の一方の手は、僕の手中にある。僕は歌う。彼女の他方の手がハープの弦の上をさまよい、僕の歌う幸福の賛歌を物憂げに伴奏する。
第4曲
幸福の歌
(芸術家が歌う)
――――――
調子を整えた散文( Prose cadencée )
声楽と管弦楽
ああ、僕の幸福!僕の命!僕の全存在!僕の神!僕の宇宙!僕の望む何か善きものは、貴女のそばにあるのか?( est-il auprès de toi quelque bien que j’envie? )僕は貴女に会い、貴女は微笑み、天国が僕に扉を開く!( les cieux me sont ouverts! )。愛の陶酔は、ほとんど苦痛だ。この優しい衰弱の方が心地よい!ああ!その美しい頭(こうべ)を、ほんの一瞬でよいから、傾けてくれたまえ( Oh ! penche un seul instant cette tête charmante ; )。来てくれたまえ、大切な美しい女(ひと)よ。来て、惑乱した僕の心に、その口づけを返してくれたまえ。
(彼は暫く沈思し、その間、管弦楽が続く)
(話して)ああ!僕はなぜ見出し得ないのか、この心の望む、あのジュリエット、あのオフィーリアを!僕はなぜ、真実の愛がもたらす、あの悲しみと混ざり合った喜びに、酔いしれることができないのか!そしてある秋の晩、あの女(ひと)と2人でヒースの茂るどこかの荒れ地で北風にあやされ、あの女(ひと)の腕の中、ついに哀愁を帯びた最後の眠りに就くことができないのか!・・・[もしそれができれば、]僕らの幸せだった日々を知る友が、一本の楢の木の下で、手ずから僕らの墓を掘り、主(あるじ)を亡くしたハープを、その枝に掛けてくれるだろうに。そしてそのハープが、暗緑色の葉叢(はむら)に優しく愛撫され、わずかに残ったハーモニーを聴かせてくれるだろうに。友は、その弔いのコンサートを聴き、また、僕の『幸福の歌』の追憶と一体になった自らの忠実な記憶に心を打たれ、涙を流すことだろう。そして、いまだ経験したことのない戦慄が体を駆け巡るのを感じることだろう、時と・・・空間と・・・愛と・・・忘却とに思いを馳せて・・・
第5曲
ハープの最後の吐息
追憶
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管弦楽のみで
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(芸術家)
だが、こんな詩的な夢想に身を委ねて何になるのか?ああ、僕が生との和解をなし得るのは、こんな場面を思うことによってではない。僕は、[ゲーテの]ファウストに比べ、一層懐疑的で、同様にありふれたスリルに嫌気がさしていて、劣らず幸福を渇望している、もう一人のファウストだ。だが、彼とは違い、僕は、自らの望みを実現する魔術という手立てを持たない。・・・死は、僕を欲していない。・・・その腕に僕は身を投じたが、無関心に押し返されてしまった。
ならば、生きようではないか。そして、願わくは僕という薄暗い存在の頭上に、めったに起きない幸福の瞬時の輝きをもたらしてくれた、あの崇高な技芸( l’art sublime )[音楽のこと]が、僕を慰め、僕がなお歩き回らねばならない悲しい荒野で、僕に道を示してくれることを。ああ、音楽よ!尊敬され、かつ、熱愛されている、誠実で純粋な女主人( maîtresse )よ。君の友であり、君を愛する者が、君に救いを求めている。さあ、来ておくれ。君の魅力のすべてを広げて見せてくれたまえ。僕を陶酔させてくれたまえ。君の威光のすべてを僕の周りに巡らせてくれたまえ。感動的で、誇り高く、素朴( simple )で、飾られていて( parée )、豊かで、美しくあってくれたまえ。どうか来ておくれ、僕は君に身をゆだねよう!ああ、自由で大胆な精神を持つ者によってなされるべき、偉大で新しいことが、まだおそらく、たくさんある。音楽のコロンブス( Nouveau Colomb )、ベートーヴェンは、音楽の新大陸( une autre Amérique )を発見した。だが、その大陸には、その地を探検すべき、コルテスとピサロが欠けている。これほど栄光に満ちた仕事に就く定めを負った者たちの、何と幸いなことか!・・・だが、恐れを知らぬその冒険家たちは、果たして武器と兵員を見出し得るだろうか?船主たちは、彼らに船を託そうとするだろうか?ああ、僕は大いに懸念している、メキシコ、ペルー[のような音楽の新しい領域]が、なお長い間、世に知られぬままになることを。何とがっかりさせる想像ではないか!ああ、だが、何を考え込んでいるのか?沈思は、僕の宿敵だ。こいつを遠ざけておく必要がある。行動だ、行動することだ、そうすれば、あいつは逃げていく。さあ、書こう・・・暗い色彩の取り除かれた、斬新な題材を選ぶのだ・・・心当たりはあるぞ( J’y pense ; )。すでに構想をスケッチしてある、シェークスピアの戯曲、『あらし』に基づいた、あのファンタジーだ。・・・あれを仕上げればよい( je puis l’achever. )。
そうだ、風や水を意のままに操る魔法使い、彼に仕える優美な妖精たち、優しく内気な乙女、情熱的な青年、頭の鈍いがさつ者、この上なく輝かしい大団円で結ばれる、変化に富んだ多くの場面。これらは鮮やかな対照をなしている。僕はそれを捉えよう( sont de vives oppositions ; je m’en empare.)。管弦楽を縫うようにして気まぐれに投げ入れられる空気の精たちのコーラス( Des chœurs d’esprits de l’air, capricieusement jetés au travers de l’orchestre )は、響きがよく耳に快いある言語[イタリア語のこと]で( dans une langue sonore et harmonieuse )、あるときは美しいミランダに優しさに満ちた言葉をかけ、またあるときは粗野なキャリバンに威嚇的な言葉をかける。僕はこの空気の精たちの声を、その羽根の震えに輝く、透けるように薄く軽いハーモニーの雲に支えさせたい( je veux que la voix de ces sylphes soit soutenue d’un léger nuage d’harmonie, que brillantera le frémissement de leurs ailes. )。
今はちょうど、ホレイショーの教え子たちが大勢集まる時刻だ。このスケッチの演奏を、彼らに託そう。若いオーケストラの熱意が、僕にも情熱を取り戻させてくれるだろう。僕は仕事を再開し、仕上げることができるだろう。さあ、妖精たちよ、歌い、戯れたまえ!あらしよ、吹き荒れよ!フェルディナンドよ、ため息をつきたまえ!ミランダよ、優しく微笑みたまえ!怪物キャリバンよ、踊り、唸るがよい!プロスペロー(原注)よ、脅しつけ、従わせたまえ!そして(敬虔な語調で)願わくは僕にシェークスピアの加護あらんことを!(彼は退場する。幕が上がる。)
原注/『あらし』の登場人物たち。
第6曲
シェークスピアの戯曲
『あらし』に基づく
合唱と管弦楽のための
劇的ファンタジー
空気の精たちのコーラス(1回目)
ミランダ、ミランダ、貴女の夫となるべき人がやって来る。貴女は愛を知るだろう。新たな人生の夜明けが、貴女に訪れている。ミランダ、ミランダ!
同(2回目)
ミランダ、ミランダ、あれがその人だ。貴女の夫になる人だ。幸せに、ミランダ!
同(3回目)
キャリバン、キャリバン、恐ろしい怪物よ、エーリアルの怒りを恐れよ・・・
同(4回目)
ああ、ミランダ、あの人が貴女を連れていく、貴女は去っていく。もう会えない。私たちの住処(すみか)のそよ風の国から、私たちは空しく探すだろう、私たちが地上で驚嘆した、あの輝く優しい花を。さようなら、さようなら、ミランダ・・・(了)
