凡例:緑字は訳注 薄紫字は音源に関する注
パリ発、1833年3月2日、
アンベール・フェラン宛
親愛な友よ、情愛のこもった手紙を有り難う。こちらから手紙を書けなかったのは、貴君が推察してくれたとおりの理由からだ。僕は、自らの置かれた状況についての身を焼くような不安と苦しみで、完全に頭がいっぱいになってしまっている。父が同意を拒み、僕はソマシオンの手続を取る( faire des sommations )ことを余儀なくさせられている。
そうした中にあって、アンリエットは非の打ち所のない誇りと気骨を示している。彼女の家族と友人たちが、僕から彼女を引き離そうと、僕の家族以上に彼女を責め立てているのだ。
それがどれほどひどくなっているか、僕が原因でどんないざこざが起きているのかを知ったとき、僕は自分の利益を犠牲にしようと思った。僕は、彼女を親族と仲違いさせるくらいなら彼女を諦めると彼女に伝えてもらった(それは真意ではなかった。そんなことになれば僕は死ぬつもりだからだ)( je lui ai fait dire que je me sentais capable de renoncer à elle (ce qui n’était pas vrai, car j’en serais mort), plutôt que de la brouiller avec ses parents. )。彼女はこの申し出を受け入れるどころか、それをひどく悲しんだ。僕への優しさが倍増したというのが、このことの結果だった。その時以来、彼女の妹は、僕らをそっとしておいてくれるようになり、僕が行くと、出ていくようになっている。
その[ハリエットとの]面談は、時としてひどく辛い。想像がつくだろうが、僕は、なんとか自分を抑えようとして、燃え尽きてしまわざるを得ないのだ。彼女はごく些細なことに怯える。僕の感情の激発を怖がる。僕の愛撫はどれほど控えめにしても熱烈すぎると彼女は思うようだ。彼女は僕の心に焼けるような痛みを与え、僕は僕で彼女を怯えさせている( elle me brûle le cœur; moi, je l’épouvante ;)。僕らは互いに苦しめあっている。だが、僕自身の不安、彼女を得られないのではないかとの恐れが、誰よりも不幸な人間に僕をしている。この不幸に輪をかける彼女の不幸がありでもすればお手上げという状況なのだ!( Il ne manquait plus que son malheur à elle pour compléter le mien !)
彼女の仕事が、ひどくまずいことになった。彼女は自身のための募金公演を行おうとしていた。彼ら[ハリエットが率いていた英国劇団のことであろう]はそれでいくらか持ち直せるところだった。僕はかなり良質な演奏会をその幕間に行う手はずを整えていた。準備はすべて、かなり順調に進んでいた。そうした中、昨日の4時、彼女が商務省から2輪馬車で帰って来たときのことだ。彼女は、小間使いの手を借りずに馬車を降りようとしてドレスが絡まったために、馬車のステップの上で足を捻り、踝(くるぶし)の上のところ( la jambe au-dessus de la cheville )で骨折してしまった。
その晩、彼女はひどく苦しんだ。今朝も、デュボワ・フィス( Dubois fils )[不詳。医師の名か]がギブスを再調整したとき、彼女は悲鳴を抑えられなかった。僕には今もその声が聞こえる。とても悲しい。この悲しみがどれほどのものかを貴君に伝えることは不可能だ。彼女が苦しみ、これほど不幸になっているのに、自分が何もできないことが、ひどく辛い!
僕らの人生はいったいどうなるのだろうか?・・・間違いない、運命が僕らを結びつけたのだ。僕は生きて彼女から離れることはない。彼女の不幸が大きくなればなるほど、僕の彼女への愛着も強まっていく。彼女がその才能と財産に加え、美しさをも失ったとしても、僕は変わらず彼女を愛するだろうと感じる。これは説明のできない感情だ。たとえ彼女が天にも地にも見放されても、僕は依然彼女のものであり続けるだろう、彼女が栄光に輝いていた日々と同じように彼女を愛し、愛ゆえに彼女にひれ伏しながら。ああ、友よ、この愛に反対するようなことは、一切言わずにいてくれたまえ。 貴君の目に尊重すべきものと映らぬはずのない、崇高で詩的な愛なのだから( O mon ami, ne me dites jamais rien contre cet amour, il est trop grand et trop poétique pour n’être pas respectable à vos yeux. )。
さようなら。手紙をくれたまえ、そして貴君の新たな窮地( vos nouveaux embarras )について、状況を知らせてくれたまえ。今は僕らそれぞれの最も差し迫った問題だけを語り合おう。楽譜はまだ全てが刷り上がってはいない。それらができ次第、貴君に送ろう。さようなら。(了)[書簡全集326]