手紙セレクション / Selected Letters / 1832年1月8日(28歳)

凡例:緑字は訳注  薄紫字は音源に関する注

ローマ発、1832年1月8日、夜9時
アンベール・フェラン宛

やれやれ、7ヶ月半もの沈黙の後、やっと手紙をくれるのだね。そう、7ヶ月ぶりだ!1831年5月24日を最後に、貴君から1行の連絡も貰っていない。僕が貴君に何をしたというのか?なぜこんなふうに僕を放っておくのか?不実な木霊(こだま)よ、これほどの叫びを、なぜ応えずに放置するのか?僕は、カルネ、カジミール・フォール、オーギュスト、グネに、貴君のことをこぼした。忘れっぽい友の消息を、地上のあらゆる場所に求めた。その人がまだ生者のうちに数えられると知ったのは、やっと今日のことだ。貴君は言う、人の心が持ち(contenir)うる限りの歓びと陶酔を自ら味わったと。ああ、実際、心が抑え(contenir)られるすべてを貴君が味わったことは、僕も確信している。だが、それ以上ではなかったのだ、きっと。そうでなければ、僕のところにも溢れ出してきたはずだから。何とまあ!結婚のことすら知らせてくれないとは!両親もこれには非常に驚いている。貴君が断言するのだから、たしかに僕の手紙は貴君に届かなかったのだろう。だが、たとえ僕が手紙を書かなかったとしても、そのような場合、貴君は沈黙していられるのか?・・・貴君に何が起きたのかを知ろうと、ジェルマンに手紙を書いたところだ。オーギュストにも2通、一つはナポリから、もう一つはローマから書いたが、貴君への手紙と同じで、返事がない。僕が彼から聞きたかったことは、ただ一つ、ごく簡単なことで、彼が死んだり、負傷したりしていないかということだったのだが。

僕は今朝、イタリアに来た後貴君に貰った、ただ2通の手紙を読み返してみた。そこには、僕のイマジネーションが生んだ恐ろしい空想上の不安(les craintes horrido-fantastique[horridoの語はフランス語の辞書には見当たらない。ラテン語の形容詞horridus(恐ろしい)に由来する言葉か?イタリア語orrido(恐ろしい)をフランス語風に綴ったものである可能性も考えられる〜その例として、『レリオ』の終曲、『シェークスピアの『あらし』に基づくファンタジー』のコーラスに、「Cariban! Horrido mostro! (「キャリバン!恐ろしい怪物!」の意とみられる)」の歌詞がみえる。以上を基に、「恐ろしい」の意と解釈。])を根拠づけるものは、何もみつからなかった。僕はこれまで、匿名の投書、夫婦間の禁止[défense conjugale]等、要するに、貴君に友情の寺院をそこまで貴君についてきた者に別れを告げるために振り返ることもなく急に去らせるような、何らかの不条理な事情の存在を思い描いていた。

貴君はいま、自明のことを僕に証明してみせようと、躍起になっている。貴君の言うとおり、政治に絶対の善悪はない。今日の英雄が翌日の謀反人だということも、そのとおりだ。2と2を足せば4になることくらい、とうに僕も知っている。貴君の手紙のうち、リヨン[の蜂起の話題]が僕から盗んだ部分のすべてを残念に思う。オーギュストとジェルマンが無事だと知らせてくれれば十分だった。ようやくいま僕らが聖域にいるというのに、外界の騒々しい叫びが何だというのか?貴君がなぜそれほどこの件に夢中になるのか、僕には理解できない。パリのバリケードとリヨンのバリケードのどこが違うかだって?それは、強大な力と、それよりも劣った力との違い、頭と脚との違いだ。リヨンは、パリに逆らえない。パリは、フランスを後ろに従えている。だから、自分が行きたいと思うところへ行けるのだ。[リヨンの織工の蜂起(12月3日のヒラーへの手紙及び訳注参照)に対し、首相ペリエは軍隊を派遣した。蜂起はこれにより鎮圧され(12月5日)、妥協的な知事も更迭された。ジャーナリズムの大勢も、蜂起の粉砕を叫んでいたという。出所:山川出版社『フランス史2』]
この話はもうたくさんだ!

貴君の『妖精たちの結婚』は、優雅さ、瑞々しさ、光があり、素晴らしい。いまはこれに作曲すべきときでないので、後に残しておく。楽器法が十分進捗していない。それ[楽器法]をいくらか非物質化するには、時間が要る。それができたら、2人でオベロンに続く者たちに語らせよう[; l’instrumentation n’est pas assez avancée; il faut attendre que je l’aie un peu dématéria- lisée, alors nous ferons parler les suivants d’Obéron; 〜「Obéron」をウェーバーのオペラ『オベロン』に登場する妖精の王のことと解して訳出]。いま僕がウェーバーに戦いを挑んでも、成功しないと思う。

あるオラトリオの構想を貴君に最初に説明した手紙を、貴君は受け取っていない[とフェランはベルリオーズに釈明したようである。実際には受け取り、保存している〜1831年7月3日付から、同じ構想を3幕のオペラ向けに構成したものを、改めて送ろう。貴君は、それに筋肉を与えることになる。以下がその骨格だ。

世の終わりの日

地上で全能の権力を持つ暴君。文明も堕落も、最終段階に至っている。冒涜的な宮廷。支配者の見くびりがその存在と活動を許している、少数の敬虔な人々。戦争と勝利、奴隷たちの円形競技場での戦い、征服者の欲望に抗う女奴隷たち、残虐行為。
少数の敬虔な人々を指導するのは、ベルシャザル[旧約聖書『ダニエル書』に登場する最後のバビロニア王]を叱責するダニエル[『ダニエル書』の主人公]のような人で、専制君主の罪を非難し、予言の成就、世の終わりが近いことを彼に告げる。暴君は、予言者の無礼な振る舞いにほとんど腹を立てることもなく、宮廷で彼が催す恐ろしい乱痴気騒ぎの酒宴への陪席を予言者に強要した上で、人はそこで世の終わりを見るであろうと、皮肉に叫ぶ。彼は、妻たち、宦官たちを使い、ヨシャパテの谷[旧約聖書『ヨエル書』において主の裁きが行われるとされている場所]の場面の劇を演じる。翼を付けた一群の子どもたちが小さなトランペットを鳴らし、贋(にせ)の死者たちが墓から起き出す。イエス・キリストに扮した暴君が、人々を裁こうとするまさにそのとき、大地が揺れる。正真正銘の恐ろしい天使たちが雷鳴のようなトランペットを吹き鳴らす。正真正銘のキリストが近づき、正真正銘の最後の審判が始まる。

この劇は、これより先へ進むべきでないし、進むことは不可能だ。

取り掛かる前によく考え、題材が貴君に合っているどうか、知らせて欲しい。作品は、3幕で十分だ。できる限りまだ知られていないものを探してくれたまえ。今日日、もはやそれになしには成功できないからね。二義的な効果は、オペラ座では失われてしまうから、狙わないこと。あと、もし貴君にそれができるのであれば、押韻に関するばかげた規則には、受けて当然の扱いをしてやってくれたまえ。ないがしろにして欲しいということだ。効果が得られない(そういうことは頻繁にある)ところでは、完全にやめてしまってもよい。そうした[押韻という]髪粉を振った[古くさい]楽想はみな、押韻と杓子定規な詩法の支えがなければお手上げの状態に陥っていた、音楽芸術の幼児期にまで退行せざるを得ないのだから[Toutes ces idées poudrées doivent retomber à l’enfance de l’art musical, qui se serait cru noyé si des rimes et une versification bien compassée ne l’eussent soutenu. ]

僕は、5月初めに当地を発ち、アルプスを越える。今年の給費の全額をミラノで受け取りたいと思っている。それができない場合も、規則を手品にかけ、フランス領に入る算段をするつもりだ。そうしておいて、年末、お金を受け取りに、シャンベリー[サボア地方の中心都市。現在はフランス領だが、当時はイタリア域内(サルジニア王国領)だった]に戻る計画だ。

貴君の家に立ち寄り、借財の未返済分を返したい。その後、両親方に行き、暫く滞在する。グルノーブルに行き、妹の家を訪ねる(彼女は判事のパル氏と結婚する)。それからパリへ行く・・・コンサートを2回開き、『幻想交響曲』と、新しく作ったメロローグ(mon mélologue[後に『レリオ、又は生への帰還』と題される作品])を演奏する。それから、僕の作品を全部持って、ベルリンへ出発する・・・その先には・・・未来が・・・。

僕はいま、『ルヴュ・ウーロペエヌ』誌(貴君も知るとおり、『コレスポンダン』誌の新しい名だ)に向けた、イタリアの音楽事情に関する長文の記事を書き上げようとしている。依頼主はド・カルネで、彼は、自身がブルターニュで結婚したことを僕に知らせるとともに、記事の依頼をしてきた。彼はいまそこにいるはずで、彼の夜は、蜜月の光に照らされている。オーギュストも!・・・結構!

さようなら。(了)[書簡全集257]

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