手紙セレクション / Selected Letters / 1830年3月17日(26歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1830年3月17日
妹アデール・ベルリオーズ[15歳]

可愛いアデール、
君に手紙を書かねばならない状態のまま、たいそう長い時間が経ち、すっかり君を待たせてしまった。このことでは、僕も長い間自分を責めてきたのだが、やっとこの手紙を送り出し、君に受け取ってもらうことができるようになった。今年のカーニバルは、大いに楽しめたかな?ダンスも少しは出来ただろうか?・・・僕の方は、2回だけ舞踏会に出掛けた。そして、ソルベ[氷菓子のことか?]を半ダースばかり食べ、同じ杯数のパンチを飲んで、暖炉端に置いてある新聞やパンフレットを全部読んだところで退散し、あとは、眠って気晴らしをした。パリの舞踏会なんて、その程度のくだらないものだ[ La triste chose qu’un bal à Paris ]。だが、少なくとも、ここでは、無理に踊らされることはない。君はいまも陽気にしているのかな?・・・ナンシーの話だと、君はいつもはしゃいでいて、とてもチャーミングに、彼女の周りをあちこち飛び回っているそうだね。いつもナンシーに僕のことを話していてくれて、いまも僕のことが大好きでいてくれているそうだね。・・・誓って言うが、僕も同じだ。もっと頻繁に君に手紙が書ければよいのだが、それができないのは、僕がいつも、君には想像もつかなければ、理解もまったくできないような考えごとで、頭がいっぱいになっているからだ。僕は、君と次に会うときには、きっと前とはずいぶん変わって、いっそう魅力的になっているだろうと思っているのだが、そのことは、君も分かっているだろうか?・・・もちろん分かっていると僕は思っている。ほんの少しだけれども、君にはもう、ちょっとした愛嬌(coquetterie)が備わっていなくはないからね。ああ、だがそれはとても良いことだ。まったく本当に、そういうものも、少しばかり必要だ[ Mon Dieu c’est bien, va, il en faut un peu.]。長くて、とびきり楽しい手紙を書いて、僕に教えてくれたまえ(君が何をしているか、のことではない。そのことなら、僕はよく知っているから。)。君は起き、寝、飲み、食べる。編み物をし、散歩する。ツバメが飛ぶのを見る。笑い、歌う。叱られて、泣く。退屈する。弟のプロスペールをかまう[ tu tracasses ton frère Prosper ]。ときどき、ほかの人のことを考える。モニクやベルトラン嬢、ロベール夫人、ピヨン夫人といった人たちとおしゃべりする。君の小さな花壇を耕す。君がすることといえば、大方そんなところだろう。つまり、僕が君に書いて欲しいと思っているのは、そうしたことではなくて、君がどんなことを考えているかなのだ。(それというのも、君は何かを考えているに違いないと、僕は考えるからだ。君が何も考えていないと考えると、僕はかなり残念な気持ちになる。)ということで、君が考えていることを書いてくれたまえ。内容は何だって構わない。ペンを走らせ、頭を働かせて欲しい。僕がそれを全部、それこそ大喜びで読むことは、間違いのないことだ。僕は、人が思っているほど、変わっていない。誰も正確には、僕のことを分かってくれていない。僕の置かれた状況が、少しだけ僕を変えることはあるかもしれないが、大きく変えることはない。
さようなら、僕の良き妹よ。愛情を込めて、君を抱擁します。プロスペールを、僕のために抱擁してやってくれたまえ。そして、伝えてやって欲しい。課題などもうやらなくてよいように早くなるために、ちゃんと[暗記]課題( leçons )を覚えるようにとね。気の毒なプロスペール!!!!
愛する兄、
H.ベルリオーズ(了)[書簡全集157]

訳注/この手紙について
『幻想交響曲』の作曲に集中している時期に書かれた手紙である。同日付で、上の妹ナンシー[当時24歳]にも、「ナンシー、今度は君にだ( A toi Nanci ; à présent. )。」で始まる、長文の手紙を書いている(書簡全集第9巻(補遺)157bis。Nouvelles lettres de Berlioz, de sa famille, de ses contemporains, Actes Sud / Palazzetto Bru Zane, 2016。)。内容は、彼女の縁談に関するもので、エクトルは、両親がナンシーへの熱心な求婚者を本人(ナンシー)の意向を一切確認せずに断ってしまったことに強く憤り、自らの幸福に関わることなのに、自分の考えを口にすることなく親の判断を受け入れてしまったナンシーの態度を咎めている。手紙によれば、エクトルは、家族からこの縁談のことを一切知らされていなかったが、叔父ヴィクトル(グルノーブルで司法官を務めていた、ベルリオーズ医師の弟)の手紙で、事の顛末を知ったようである。また、ヴィクトル叔父は、明らかにこの求婚を良縁と考えていたようである。さらに、この求婚者が、あらゆる観点からみて申し分のない人物であったばかりか、ナンシーに真実の好意をもっていた(すなわち、政略や財産保全目的の求婚ではなかった)ことも窺われる。なお、そのような求婚を両親がなぜ断ったのかは明らかでない(家格等の考慮から辞退したものであろうか、それとも、ベルリオーズ家の希望により適した別の縁談が計画されていたのであろうか・・・)。
いずれにせよ、これらの手紙は、2週間前に書かれたフェルディナント・ヒラーへの手紙とは、かなりトーンが異なっている。『幻想』の作曲作業がまさしく佳境に入っていたこの時期に、このような手紙が書かれているという事実は、この作曲家が、状況に応じた思考の切り替えが柔軟に出来る、冷静で知的な人であったことを示している。

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