手紙セレクション / Selected Letters / 1828年12月7日(24歳)

凡例:緑字は訳注

ラ・コート発、[1828年]12月7日
ナンシー・ベルリオーズから兄エクトル・ベルリオーズ宛

愛しいエクトル兄さん、
兄さんの手紙[11月1日付けナンシー宛。当館未所収。]を受け取ったときから、それが私にとても大きな喜びを与えてくれたことにお礼を言い、同じくらい長い手紙を書いて、兄さんと楽しく話すため、すぐに返事がしたくて仕方ありませんでした。ところが、あるときは、お父さんが兄さんに手紙を書くと言っていたので、お父さんがそうする気になるまで待たねばならず、その次には、皆が一斉に同じことをしないように、何日か日を空けなければならなくなって、やっと自由に書けるようになったと思ったら、今度は、お母さんに順番を譲らなければならなくなりました。お母さんが、私と順番を争って、あまりに多くの権利を主張するので、私は、それ[優先権]をもぎ取ろうという気にもなれないほどでした。いずれにしても、私の忍耐の貯えは、もう限界まで使い果たされてしまったので、今日はどうしても、思うとおりにせずにいられなくなった、という訳です!ああ、兄さんの四方山(よもやま)話が、私には、どれほど嬉しかったことでしょう!兄さんがいない寂しさを紛らわせてくれることができるのは、私には、それだけなのです!私のエクトル兄さん、先日のような長い手紙を、たびたび書いてください。私はいつでも、兄さんの手紙の、熱烈な読者です。細部も割愛しないでくだい。なぜなら、私にとって大切な人たちについては、そうした細部も、すべてとても貴重に感じられるからです!兄さんが夢中になっている作曲家の人たちすべて[エクトルの手紙では、ウェーバー、ベートーヴェン、スポンティーニが語られていた]を熱烈に賞賛している、そのドイツ人の青年[テオドール・シュレッサー]と、兄さんとの間の奇妙な交流の話は、とても面白く読みました。その若者の個人的な美点として、兄さんが話してくれたことに、私は、とても満足しました。兄さんが、そうした優れた若い人たちと、多くのことで意気投合している様子を聞くことほど、私を楽しくさせてくれることはありません。兄さんの友人たちのため、先日[9月のエクトルの帰省中、ラ・コートで]催した祝宴で、最も高く評価する意見を、兄さんが私たちに聞かせてくれた人、フェランさんについて、書こうと思います。最初の日、私は、この人の鼻と顎(あご)が驚くほど互いを引き寄せあっていることに注意を奪われて、そのことしか、目に入りませんでした。・・・けれども、彼は率直に胸中を語り、あるがままの自分をみせることで多くのものを得ているので、彼の内面に美しい心を認め、彼の表情にその徴(しるし)を見出すのに、長くはかかりませんでした。[以下逸失](了)(書簡全集105)

(参考)アンベール・フェランのラ・コート滞在中のナンシー・ベルリオーズの日記(1828年9月)[ケアンズ仏語版*1部17章から引用、訳出]
(初日)
[フェラン]の鼻とあごに、すっかり注意を奪われてしまった。驚くほど互いを引き寄せあっている。声も、非常に奇妙だと思った。どこをとっても、本人が書く手紙[が与えるイメージ]から、程遠かった。とはいえ、1人の若者に判断を下すには、一度の夜会では、不十分だ。結論は、だから、明日。
(数日後)
フェランさんは、この家に3日間、滞在した。鼻と口に慣れるのに、やはり、丸1日かかった。だが、2日目になると、話し方も顔立ちもすべて、私の目には、不格好に感じられなくなった。彼は、人を信頼し、率直に胸中を語る。あるがままの自分をみせることで、多くのものを得ているから、彼の内面に美しい心を認め、生き生きとした表情にその徴(しるし)を見出すのに、長い時間はかからなかった。彼は、崇敬の念と熱意をこめて、信仰を語ったが、その態度からは、同じ教えを敬い共有する人々ですら、新鮮で思いがけなく感じるほど、生き生きとした信仰心が、顕われ出ていた。だから、聴いていて、本当に嬉しかった。私は、彼とカジミールさんの間の席に居て、この話題について、とても興味深く、今の時代にはきわめて稀な会話を、聴くことができた。広くはびこっている悪しき風潮に染まることを免れている、2人の若い男性に、ついに会うことができ、幸福なひとときだった。フェランさんが自身の宗教的な感情を語る高貴な誠実さは、その信仰を共有しない人たちをさえ、魅了せずにはいない。[中略]兄が、このような友人と、いつも近くにいられればと思う。そのような交際相手に兄が恵まれることを、心から願う。だが、それは叶わぬことだ。2人は、離れて暮らす運命にある。それにしても、2人には、多くの共通点がある。そうでなければ、2人がこれほど親しい友人どうしになるはずがない。兄の心には、高貴なところがたくさんある。あらゆる壮大なもの、高潔なもの、崇高なものは、それ[兄の心]に深い感銘を与える。(了)

* Source (French text of Nancy Berlioz’s diary) : Cairns, David, Hector Berlioz I La formation d’un artiste, traduit de l’anglais par Dennis Collins, Fayard, Paris, 2002

次の手紙 年別目次 リスト1