ファウストの劫罰 / La Damnation de Faust / Part 4

凡例:緑字は訳注

第4部

第15場 マルガリータの部屋

(ロマンス)
(マルガリータ、独りで)
燃える愛の炎が、
私の青春を焼き尽くす。
D’amour l’ardente flamme
Consume mes beaux jours.

ああ、私の心から、
安らぎは永遠に去ってしまった。
Ah ! la paix de mon âme
A donc fui pour toujours !

あの方が去り、いないことは、
私にはお墓のよう。
Son départ, son absence
Sont pour moi le cercueil.

あの方と離れていると、
毎日が喪に服しているよう。
Et, loin de sa présence,
Tour me paraît en deuil.

私の頭はもうすぐ
おかしくなってしまうだろう。
Alors ma pauvre tête
Se dérange bientôt ;

私の弱った心臓は鼓動をやめ
凍り付いてしまうだろう。
Mon faible coeur s’arrête.
Puis se glace aussitôt.

あの方の素敵な歩き方、
優雅な物腰、
Sa marche que j’admire,
Son port si gracieux,

優しい微笑を浮かべた唇、
あの方の目の素晴らしいこと。
Sa bouche au doux sourire,
Le charme de ses yeux,

あの方の魅惑的な声は
私を燃え上がらせる。
Sa voix enchanteresse
Dont il sait m’embraser,

あの方の手の愛撫、
そして、ああ、あの方の口づけ、
De sa main la caresse,
Hélas ! et son baiser,

愛の炎が
私の青春を焼き尽くす。
D’une amoureuse flamme,
Consument mes beaux jours.

ああ、私の心から
安らぎは永遠に去ってしまった。
Ah ! la paix de mon âme
A donc fui pour toujours !

一日中、私は窓際か、
外にいる。
Je suis à ma fenêtre,
Ou dehors, tout le jour,

あの方が来るのが見えるかもしれないから。
あの方が急いで帰ってくるかもしれないから。
C’est pour le voir paraître
Ou hâter son retour.

私の胸は高鳴る、
あの方が近くにいると思うと。
Mon coeur bat et se presse
Dès qu’il le sent venir;

あの方をここにとどめておくことができるだろうか、
私の愛の力だけで!
Au gré de ma tendresse
Puis-je le retenir!

ああ、炎の愛撫!
Ô caresse de flamme!

ただ、いつか、
私の心が、
あの方の愛の口づけに吐息することができたら。
Que je voudrais un jour
Voir s’exhaler mon âme
Dan ses baisers d’amour.

(兵士たちのコーラス、遠くで)
ラッパの合図で
勇士たちの
突撃だ。
Au son des trompettes,
Les braves soldats
S’élancent aux fêtes

愉しみに、いくさに。
Ou bien aux combats.

(マルガリータ)
もうすく町は
寝静まる。
Bientôt la ville entière
Au repos va se rendre.

(兵士たちのコーラス)
苦労は多いが
報いも大きい。
Si grande est la peine,
Le prix est plus grand.

(マルガリータ)
帰営ラッパと太鼓の音が
もう聞こえている。
Clairons, tambours du soir
Déjà se font entendre

陽気な歌声も。
Avec des chants joyeux,

愛がファウストを
運んできたあの夕方と同じように。
Comme au soir où l’amour
Offrit Faust à mes yeux.

(学生たちのコーラス、さらに遠くから)
夜はもう星のヴェールの下、
Jam nox stellata velamina pandit;

(マルガリータ)
あの方は来ない!
Il ne vient pas !

(コーラス)
町を歩いて女を探そう。
Per urbem quaerentes puellas eamus!

(マルガリータ)
あの方は来ない!
ああ!
Il ne vient pas !
Hélas !

第16場 森と洞窟

(自然への祈り)

(ファウスト)
広大で、近寄りがたく、誇り高き、自然よ、
お前だけが、終わりのない私の憂いに、安らぎをもたらす。
Nature immense, impénétrable et fière,
Toi seule donnes trêve à mon ennui sans fin;

お前の全能の胸元で、私は苦痛を癒され、
力を取り戻し、そしてついには生に望みをつなぐ。
Sur ton sein tout-puissant je sens moins ma misère,
Je retrouve ma force, et je crois vivre enfin.

そうだ、嵐よ、起これ、深い森よ、とどろけ、
岩よ、砕け落ちよ、急流よ、投げつけよ、お前の水をまっしぐらに!
Oui, soufflez, ouragans! Criez, forêts profondes!
Croulez rochers! Torrents, précipitez vos ondes!

お前の壮大な音に、私の声は嬉々として溶け込む。
A vos bruits souverains ma voix aime à s’unir.

森よ、岩よ、急流よ、私はお前を崇める!
Forêts, rochers, torrents, je vous adore! Mondes

きらきらと輝く世界よ、お前に向け、
広大無辺な心、渇望する魂、
手の届かない幸福への望みが、迸(ほとばし)る。
Qui scintillez, vers vous s’élance le désir
D’un coeur trop vaste et d’une âme altérée,
D’un bonheur qui la fuit.

第17場 レシタティフと狩り

(メフィストフェレス、岩を上りながら、)
さてさて、この紺碧の空に、
愛の不動の星はみえますかね?
A la voûte azurée
Aperçois-tu, dis-moi, l’astre d’amour constant?

友よ、あなたはその星の助けが大いに要るところですぜ、
何しろ、あなたがここで夢をみている間に、気の毒なあの娘は、
Son influence, ami, serait fort nécessaire,
Car tu rêves ici, quand cette pauvre enfant,

マルガリータは・・・
Marguerite –

(ファウスト)
黙れ!
Tais-toi!

(メフィストフェレス)
仰るとおり黙りますがね、
Sans doute il faut me taire.

もう愛してはいないんでしょう、あの娘を。
Tu n’aimes plus!

ただ、可哀想に、牢獄に押し込められて、
親殺しの罪で死刑を宣告されましてね・・・
Pourtant en un cachot traînée,
Et pour un parricide à la mort condamnée –

(ファウスト)
何だと!
Quoi!

(メフィストフェレス)
狩人たちが森の中を動き回っているようですな、あの音は。
J’entends des chasseurs qui parcourent le bois.

(ファウスト)
今なんと言った?続けろ!
マルガリータは牢屋にいるのか?
Achève’ qu’as-tu dit?
Marguerite en prison?

(メフィストフェレス、平然と)
茶色の液体、本来は害のない毒薬ですがね、
Certaine liqueur brune, un innocent poison,

あなたが持たせたその薬、
逢瀬の夜、母親を眠らせるためでしたっけね。
Qu’elle tenait de toi pour endormir sa mère
Pendant vos nocturnes amours

そいつが問題を起こしましてね。
A causé tout le mal.

あの娘は絵空事に夢中になって
あなたを待ちながら、あれを使ったんですよ
Caressant sa chimère,
T’attendant chaque soir, elle en usait toujours.

毎晩ね。それでとうとう、
婆さんが死んだっていう訳ですよ。
Elle en a tant usé
Que la vieille en est morte.

これで分かりましたかね。
Tu comprends maintenant.

(ファウスト)
それは大変だ!
Feux et tonnerre!

(メフィストフェレス)
要するにあの娘は
あなたを愛ししたために・・・
En sorte
Que son amour pour toi la conduit –

(ファウスト、我を忘れて)
彼女を救え、
救えというんだ、この悪党め!
Sauve-la,
Sauve-la, misérable!

(メフィストフェレス)
ほう、私のせいだと仰るんですかね!
Ah! je suis le coupable!

そこが滑稽なところですな、
人間というものの。
On vous reconnaît là,
Ridicules humaine!

まあいい。
N’importe!

私はまだあなたのお役に立てますよ。
Je suis le maître encor de t’ouvrir cette porte;

だが、あなたの方からは、この私にいったい何をしてくれたんですかね。
私があなたに仕えるようになってから。
Mais qu’as-tu fait pour moi
Depuis que je te sers?

(ファウスト)
何が欲しいんだ?
Qu’exiges-tu?

(メフィストフェレス)
あんたからですかい?
De toi?

ただの署名ひとつですよ、
この古い羊皮紙にね。
Rien qu’une signature
Sur ce vieux parchemin.

マルガリータはすぐに救ってやれますよ。
Je sauve Marguerite à l’instant,

もしあんたが誓いをして、
それを書面にしてくれればね。
Si tu jures
Et signes ton serment

明日からは、あんたが私に仕えるとね。
De me servir demain.

(ファウスト)
今の苦しみに比べたら、明日がなんだというのだ?
Eh! que me fait demain, quand je souffre à cette heure?

それをよこせ!
Donne!

(署名する)
署名したぞ!
Voilà mon nom!

さあ、飛んでいこう
彼女の薄暗い部屋へ!
Ver sa sombre demeure
Volons donc, maintenant!

ああ、耐え難い胸の痛み!
マルガリータ、いまいくぞ!
Oh douleur insensée!
Marguerite, j’accours!

(メフィストフェレス)
ヴォルテクス!ジャウール!来い!
A moi, Vortex! Giaour!

恐ろしく速い黒馬ですぜ、こいつらは。
Sur ces deux noir chevaux, prompts comme la pensée,

さあ乗った、全速力だ。
裁きは待ってくれないですからな。
Montons, et au galop!
La justice est pressée.

第18場 地獄への騎行

(ファウストとメフィストフェレス、2頭の黒馬で早駈けしている)

(ファウスト)
彼女の絶望の声が
私の胸に響く。
Dans mon coeur retentit sa voix
Désespérée;

ああ、気の毒な見捨てられた少女よ!
Ô pauvre abandonnée!

(農民たちのコーラス、道端の十字架に跪いて)
聖マリア、我らのために祈りたまえ。
聖マグダレナ、我らのために祈りたまえ。
Sancta Maria, ora pro nobis.
Sancta Magdalena, ora pro nobis.

(ファウスト)
気をつけて!あの子どもたち、
女たちに。祈っているのだ、
あの十字架の下で!
Prends garde à ces enfants,
A ces femmes priant
Au pied de cette croix!

(メフィストフェレス)
何だ?それが何だというんだ?急げ!
Eh! qu’importe! en avant!

(コーラス)
聖マルガリータ、・・・ああっ!!!(恐怖の叫び声を上げる)
Sancta Margarita – Ah!!!
(女性たち、子どもたちは、恐怖に散り散りになる)

(ファウスト)
何と!
恐ろしい獣が、
Dieux!
Un monstre hideux

唸りながら
追ってきているぞ!
En hurlant
Nous poursuit.

(メフィストフェレス)
あんたは夢をみているんだ!
Tu rêves!

(ファウスト)
巨大な夜鳥が群がってきた、
何と恐ろしい叫び声だ!
翼で私を叩いている!
Quel essaim de grands oiseaux de nuit!
Quels cris affreus!
Ils me frappant de l’aile!

(メフィストフェレス、馬を手綱で御しながら)
彼女のための弔鐘が、もう鳴っている。
Le glas des trépassés sonne déjà pour elle.

怖いのか?それなら戻ろう!
As-tu peur? retournons!

(2人は止まる)

(ファウスト)
駄目だ!私にも聞こえる!急ごう!
Non! je l’entends! courons!

(馬は速度を増す)
(メフィストフェレス、馬を駆り)
ハッ!ハッ!ハッ!
Hop! hop! hop!

(ファウスト)
見ろ、無数の骸骨が
列を組んで踊っている!
Regarde autour de nous
Cette ligne infinie de squelettes dansant!

なんと恐ろしい笑い声を
通り過ぎながら浴びせかけてくることか!
Avec quel rire horrible
Ils nous saluent en passant!

(メフィストフェレス)
ハッ!ハッ!あの娘を救うことだけ考え、
死人など相手にするな!
Hop! hop! Pense à sauver sa vie
Et ris-toi des morts!

ハッ!ハッ!

(ファウスト、ますます恐怖にとらわれ、息を切らし)
馬が身震いしている、
たてがみが逆立っている、
はみを壊している、
Nos chevaux frémissent,
Leurs crins se hérissent,
Ils brisent leurs mors.

目の前で地表が
波打っている
Je vois onduler
Devant nous la terre;

雷鳴が聞こえる、
足元で轟(とどろ)いている。
J’entends la tonnerre
Sous nos pieds rouler.

(メフィストフェレス)
ハッ!ハッ!ハッ!
Hop! hop! hop!

(ファウスト)
血の雨だ!
Il pleut du sang!

(メフィストフェレス、雷鳴の声で)
地獄の仲間たちよ!
Cohortes infernales,

勝利のトランペットを鳴らせ
彼を手に入れたぞ!
Sonnez vos trompes triomphales!
Is est à nous!

(ファスト)
うわーっ!ああ!
Horreur! Ah!

(メフィストフェレス)
勝った!
Je suis vainqueur!

(2人は奈落に落ちる)

第19場
(地獄)(不明言語のコーラス)

(悪魔と地獄行きを宣告された者たちのコーラス)
ハ!イリミル!カラブラオ!ハス!ハス!ハス!
Ha! Irimiru Karabrao! Has! Has! Has!

(暗黒の王たち)
メフィストよ、汝は
この誇り高い人物の
永遠の主人、勝利者なのか?
De cette âme si fière
A jamais es-tu maître
Et vainqueur, Méphisto?

(メフィストフェレス)
私はこの者の永遠の主人である。
J’en suis maître à jamais.

(暗黒の王たち)
では、ファウストは自由意思で
自らを我らが炎の許に送る証書に署名したのか?
Faust a done librement signé
L’acte fatal qui le livre à la flamme?

(メフィストフェレス)
彼は自由意思で署名した。
Il signa librement.

(コーラス)
ハス!ハス!
Has! Has!

(悪魔たちはメフィストフェレスを胴上げする)

(コーラス)(不明言語)
Tradioun Marexil fir Trudinxé burrudixé!
Fory my Dinkorlitz,
O mérikariu! O mévixé! mérikariba!
O mérikariu! O mi dara Caraibo lakinda, merondor Dinkorlitz,
Merondor Dinkorlitz, merondor.
Tradioun marexil,
Tradioun burrudixé,
Trudinxé Caraibo.
Fir ome vixé merondor.
Mit aysko, merondor, mit aysko! Oh! Oh!

(悪魔たち、メフィストフェレスの周りで踊る。)
(不明言語)
Diff! diff! merondor, merondor aysko!
Has! has! Satan! has! has! Belphégor!
Has! has! Méphisto!
Has! has! Kroïx!
Diff! diff! Astaroth!
Diff! diff! Belzébuth!
Belphégor! Astaroth! Méphisto!
Sat, sat, rayk ir kimour.
Has! has! Méphisto!
Has! has! Méphisto!
Has! Has! Has! Has! Has!
Irimiru Karabrao!

エピローグ

(地上のエピローグ)
(声)
それから地獄は静かになった。
それからは、地獄の炎の池の
恐ろしい泡だちの音、
Alors, l’Enfer se tut.
L’affreux bouillonnement
De ses grands lacs de flammes,

責め苦を受ける人々の
歯ぎしりの音
だけが聞こえてきた。
Les grincements de dents
De ses tourmenteurs d’âmes
Se firent seul entendre;

そしてその深みでは
恐ろしい秘儀が
執り行われた。
Et, dans ses profondeurs,
Un mystère d’horreur
S’accomplit.

(セミコーラス)
おお、恐怖よ!
Ô terreurs!

(天国[のエピローグ]
(神の前で熾天使(セラフィム)たちがお辞儀をしている)

(天上の精霊たちのコーラス)
讃えよ!讃えよ!ホサナ!ホサナ!
Laus! Laus! Hosanna! Hosanna!

主よ、彼女は大いに愛しました!
Elle a beaucoup aimé, Seigneur!

(声)
マルガリータ!
Margarita!

(マルガリータの賛歌)
(コーラス)
再び天へと昇れ
愛に迷わされた無垢な魂よ。
Remonte au ciel, âme naïve
Que l’amour égara;

来(きた)りて帯びよ
ある過ちが損った、貴女の美しさを。
Viens revêtir ta beauté primitive
Qu’une erreur altéra.

来(きた)れ、清らかな乙女よ。
Viens, les vierges divines,

(天上の精霊のコーラスと子どもたちのコーラス)
来れ、清らかな乙女よ、
Viens! les vierges divines,

あなたの姉妹、熾天使たちが
乾かしてくれるだろう、
Tes soeurs, les Séraphines,
Sauront tarir les pleurs

あの地上の悲しみがいまもあなたに流させる涙を。
Que t’arrachent encor les terrestres douleurs,

希望を持ちなさい、
幸福に向かって微笑みなさい。
Conserve l’espérance,
Et souris au bonheur!

来れ、マルガリータ!
Viens, Margarita!

(声)
マルガリータ!
Margarita!

(コーラス)
来れ、マルガリータ!
Viens, Margarita!

来れ!来れ!来れ!来れ!
Viens! viens! viens! viens!

[終わり]