凡例:緑字は訳注
ラ・コート・サンタンドレ発、1824年6月22日
エドゥアール・ロシェ[同郷の友人]宛
いったい何をしているものやら、君は、『オリドのイフィジェニー』が上演されたというのに、僕に知らせてくれもしないのだね[原文:Mais tu ne peux donc pas m’écrire, que foutimasses-tu donc sacré mille Dieux, on a joué Iphigénie en Aulide.]。僕がいなかったのだから、君が観に行って、今回はよりよく理解し、より深く感動してくれたのだろうね。アキレウスとイフィジェニーは、誰が演じたのだろうか?イフィジェニーは、もしかしたら、グラッサーリ嬢だったのだろうか?ラフォンは、なんとか役をこなすことができたのか?この手紙を受け取ったら、これらのことを、すぐに教えてほしい。僕は今ひどい状態で、あとひと月もしたら、焼け死んでしまうに違いない。『トリドのイフィジェニー』が頭から離れない。この前などは、劇中の歌を歌っているうちに、完全に夢中になってしまった。身体がひどく震え、涙が止まらず、よだれが流れ、心臓が早鐘のように打ち出したものだから、人に見られないよう、部屋に駆け上がらなくてはならかった。部屋に入るなり、椅子の上にほとんど倒れ込んでしまった。この作品の上演を観ることは、もう出来ないだろう!ブランシュ夫人がイフィジェニーを演じることは、もうないのだ!・・・ああ!そういえば、君には話していなかったが、前回訪ねたとき、彼女は、ピッチの問題なのだと教えてくれた。ピッチを下げれば、『アルセスト』や『アルミード』の役だって、彼女は、まだ歌えるのだ。
ああ!
『アルセスト』 『アルミード』
これらこそ、オペラというものだ。ある点では、『オルフェウス』に勝(まさ)ってさえいるだろう。つまり、ディレッタントの犬どもを喜ばせたりしないという点においてだ。『オルフェウス』は、ディレッタントに気に入られて、疵(きず)が付いてしまったからね。
昨晩は、ヴィクトル・ロベールと、ピヨン家の小デプラニュの家の夕食会に行った。僕らは白ワインを飲み(白ワインだ!)、とびきり上等な羊のもも肉を食べた。どしゃ降りの雨だったので、行きも帰りも大きな雨傘をさして歩いた。雨音を聴いているうちに鳥肌が立ってきて、僕は、独り言を言った。「神々よ!私たちをお救いください!復讐の雷(いかずち)を、私たちに当てないでください!」[『トリドのイフィジェニー』1幕1場冒頭、イフィジェニーと巫女たちの歌]とね。
この次オペラ座に行ったら、新アーケードを歩いてムラヌフさんを見付け、僕の近況を知らせて、よろしく言っておいてくれないか。グルノーブルから戻り次第、手紙を書くつもりだと伝えて欲しい。
ロラン、アルフォンス、シャルル、 それにサン・ヤサント通りの2人の上品な音楽愛好家の人たちにも、よろしく伝えてくれたまえ。
さようなら。君を抱擁します。君の変わらぬ友、
H.ベルリオーズ(了)[書簡全集25]