手紙セレクション / Selected Letters / 1829年2月2日(25歳)

凡例:緑字は訳注

パリ発、1829年2月2日
アンベール・フェラン宛

大切な、素晴らしい友よ、僕の『ファウスト[の8つの情景]』の総譜が全部出来上がるのを、僕は、相変わらず待っていた。貴君への手紙は、総譜を貴君に送る際に書こうと思っていたのでね。ところが、この作品は、僕が当初考えていたよりも、ずっと規模の大きなものになってしまったので、いまだに製版が終わっていない。それで、僕も、もうこれ以上、貴君に手紙を書かずにいることが出来なくなってしまった。
僕は、3日前、歓びのあまり、12時間も、忘我の状態に陥った。オフィーリア[英国劇団のシェークスピア女優、ハリエット・スミッソンのこと]は、僕が思っていたほど、遠い存在ではなかった。暫くの間は絶対に僕に知らせたくない、ある理由があって、そのために、彼女は、いまのところ自分の態度をはっきりと表明することが出来ないでいるのだ。
「でも、」と彼女は言ったそうだ。「もし、彼が本当に私のことを愛していて、その愛が、私が軽蔑しなければならないような性質のものでないのであれば、数ヶ月間の待ち期間があったからといって、彼の志操堅固さが、それでくじけることはないはずです。」
ああ!もし僕が本当に彼女を愛しているなら、とは!ほかにももっと色々なことを、ターナーは、知っているに違いないのだが、誓って何も知らないと、言い張っている。彼の奥さんから、僕がうまく聞きだしたのでなかったら、このことですら、僕は知らずにいたところなのだ。僕はただ、暫く前から、彼が自分の立場について、前より安心して、嬉しそうに僕に話すことに気付いていた。ある日などは、英国人らしい沈着さを踏み越えることを堪(こら)えきれなくなって、僕に、こう言うのだ。
「うまくいきますよ、貴方、まず間違いありません。彼女に同行して私がオランダに行ったら、ほどなくきっと、素晴らしい報せを貴方にお送りできるようになると思います。」
さあ、それでだ、親愛な友よ、ターナーは、彼女と彼女の母親に付き添って、4日後には、オランダに出発する。彼は、フランス語での連絡通信と、アムステルダムでの彼女らのお金に関わる利益の管理とを、引き受けている。
そして、こうした手はずを整えたのも、そうすることを強く望んだのも、ほかならぬ彼女、オフィーリア、本人なのだ。だから、彼女は、僕について、ターナーと、色々、かつ、しばしば、話すことを望んでいるのだが、いまは、それが出来ないでいる。その理由は、彼女がいつも母親と一緒にいることで、母親の前では、彼女は、怯(おび)えた子供同然なのだ。
聴いてくれたまえ、フェラン君、仮にもこれがうまくいったら、疑う余地なく感じるのだが、僕は、音楽の巨人(un colosse en musique)となるだろう。僕は、もう長らく、頭の中に『ファウスト』についての描写的な交響曲の構想を持っていて[『幻想交響曲』となるべき作品のこととみられる]、それが沸き立っている状態だ。それを[作品として]解き放つとき、それ[その作品]が、音楽界を仰天させることを、僕は望んでいる。
オフィーリアの愛のおかげで、僕の能力は、百倍にも高まっている。出来るだけ早く、『秘密裁判官』を送ってくれたまえ。陽光と静穏の時をうまく使って、この作品を[劇場に]受け入れさせることができるようにね。闇夜と嵐とが、あまりにもしばしば、僕の歩みを妨げにやってくる。いま行動することが、是非とも必要だ。
貴君が時間を守ってくれることを、頼みにしている。10日以内に台本を僕に送ってくれるものと期待している。少し前、上の妹から手紙が来た。僕が書いた、途方もなく長い手紙への返事で、その中で僕は、結婚に関する僕のプランを、率直に説明しておいたのだ。もちろん、僕がもう相手を決めていることは、書かなかったけれどね。ナンシーは、両親も、僕のその手紙を読んだと書いてきた(これこそ、まさに僕が望んでいたことだ)。彼女によれば、両親も、そのことは大いに予期していた様子で、驚いてはいなかったとのことだ。この件で僕が彼らの同意を求める段になったとき、彼らが受ける衝撃がごくわずかなものであることを願っている。僕は、アムステルダムの彼女に、僕の作品のスコアを送るつもりだ。彼女の名前は、イニシャルだけにしてある。何と!僕は、オフィーリアに愛されることに成功していたというのか?あるいは、少なくとも、僕の愛は、彼女を満足させ、楽しませるようになっていたというのか?・・・僕は、胸がいっぱいになり、僕のイマジネーションは、この途方もない幸福を理解しようとして、ひどく骨を折っているが、成功していない。何と!では、僕は、生きているのか?では、僕は、書くのか?僕は、両翼を広げるのか? O dear friend ! o my heart ! o life ! Love ! All ! All ! [原文(英語)のまま。「おお、親愛な友よ!おお、僕の心よ!命よ!愛よ!すべてよ!すべてよ!」]
僕の歓喜に、たじろがずにいてくれたまえ。それは、貴君が心配してくれるかもしれないほど、分別を失ったものではない。不幸が、僕を用心深くさせている。僕は未来に目を向けている。だが、確かなものは、何もない。不安と希望の狭間で、僕は、身震いする。
時を待とう。何ものも、時を止めることはない。だからこそ、時は、当てにできるのだ。
さようなら。『秘密裁判官』を送ってくれたまえ。頼むから、急いで。
貴君は、ヴィクトル・ユゴーの『東方詩集』を読んだだろうか?崇高さに満ちた作品だ。僕は、彼の「海賊の歌」を、嵐の伴奏付きの作品にした。清書して、写しを作る時間があったら、『ファウスト』と一緒に、貴君に送ります。しゃがれた、荒々しい声で歌われる、海賊、ならず者、盗賊、追剥(おいはぎ)の音楽だ。だが、説明は要らなかったね。貴君は、詩的な音楽のことは、僕と同じくらい、よく分かっているからね。(了)

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